【10年前、中東紛争地区郊外、赤十字難民キャンプ】
爆撃に会い、瓦礫に埋められて気を失っていた。
そして次に目が覚めたのは、テントの中だった。
場所は分からないし、知ったところで何の意味もない。
腕には何か分からないチューブが挿してある。
チューブを引き千切ると、刺さっていたところから血が出た。
“逃げなければ!”
しかし、起こそうとした体は思うように動かない。
もがくと体中が痛かった。
だけど、このくらいは我慢が出来る。
それはヤザにいつも殴られていたから。
「ちょっと君、その体で何処に行くつもり?」
どこから現れたのか、白衣の女が俺を押さえた。
若い黒髪の、綺麗な女だった。
そして少し色の付いた、白く柔らかな細い手。
その手を噛み切って逃げようと考えて、止めた。
それは女の後ろに、今まで見たことない大きさの逞しい男が立っていたからだけではない。
なにか、この女に逆らってはイケない気がしたから。
「あなたは肋骨の半分以上が折れているのだから、いま無理に動き回ると死んでしまうよ。それに極端な栄養失調も、だからベッドで安静にしていないといけないのよ」
「あんせい?」
聞いたことのない言葉に戸惑う。
「安静とは、静かに寝る事よ」
”静かに寝る!?これは聞いたことがある、奴の仲間が負傷した中東軍兵士を打つ時に、よく言っていた言葉だ!つまり、この女は俺にとどめを刺そうと言うのか?”
悪あがきだとは分かっていたが、スンナリ殺されて堪るかと思い暴れた。
だけど直ぐに横に居た大男に体を押さえられ、女が俺の腕に注射針を刺した。
”薬か……”
意識が遠くなって行く。
ヤザの仲間が何人も、薬の大量摂取で眠るように死んでいったことを思い出しながら、意識が暗闇に呑み込まれていった。
”それを見て、ヤザは薬を止めたのに……”
心地よい囁きが聞こえる。
俺たちの言葉ではない、優雅な言葉。
その言葉は、ゆったりとしたリズムと声の強弱と音程を持ち、まるでこの殺伐とした砂漠ではない別の楽園に住む小鳥の囀りのようだった。
“俺は、死んだのか?”
“ここは天国と言うところなのか?”
“いや、人を沢山殺した俺が、天国へなど行けるはずもない”
次の瞬間、眩しい光に目が覚めた。
俺は手足を縛られたうえ、変な器具を着けられて口を強制的に開けさせられていた。
女の手には鋭利なピンのようなものが握られていた。
『拷問!』
薬を撃った後は、拷問か?
知りたいのは何だ?
俺たちの隠れ家か?
それとも俺が殺した兵士の人数か?
女がピンを近づける。
だが決して俺は拷問に屈して喋ったりはしない。
ヤザとの生活の中で、この程度の拷問など日常茶飯事だったから。
奴の事は好きではなかったが、俺をこの戦場で生きていけるようにしてくれた。
今になって思えば、そうしないと俺たちは……いや俺は生きていけなかっただろう。
女は俺の歯を、その固いピンで突いている。
口の中に爆弾を仕掛けているのかと思い、嫌な記憶が蘇る。
そう、あれは1年前。
丁度、俺たちの鎮圧に中東軍では手に負えなくなり、多国籍軍が介入し始めた頃。