【2年前、リビア“Šahrzād作戦”③】
“うっ、なっ、何をする”
そう、言葉に出そうと開けた口はエマに塞がれた。
手荒なことはしたくなかったので、手で体を押すが確り体をホールドされて離れない。
押し返そうとした手を取られ、体を預けてくる。
コンテナの壁に背中が付く。
心とは別に、濃厚なキスに抵抗する力が抜けて行く。
久し振りのキス。
サオリと別れて以来……。
エマの手が、俺の服のボタンに手を掛ける。
サオリなら抵抗はしない。
だけどエマはサオリじゃない。
ボタンに掛けた手を捻り、後ろ向きにさせ捩じ上げる。
「痛た・た・た・チョッとギブ、ギブ!」
エマが捻られていないもう片方の手で自分の肩をたたき、降参の合図をしたので手を離す。
「何のつもりだ」
「ゴメンゴメン。ちょっとテストしてみたまでよ。それにしても、さすがね。どこで習ったの?」
「まだ、俺の問いに答えていないだろ」
俺の言葉にエマはニッと笑った。
“これもテストか?”
「察しが良いわね」
声に出していないのに、返事が返ってきた。
「実はね――」
エマがエマ大尉に戻り、説明してくれた。
一週間前から、トリポリ郊外に潜伏していたDGSEの民間エージェント一人と連絡が途絶えた。
ザリバンに拘束された可能性が高い。
だから、ほかのエージェントは、郊外を出て安全な所で身を隠している。
「救出作戦か」
「そう。私と一緒に潜入捜査をするのよ」
「駄目だ、組織が違う」
潜入捜査が嫌なわけではない、むしろパトロールでバラクを探し出すような、まどろっこしい事をするよりも、潜入させて欲しいとさえ思っている。
ハンスが行けと言ってくれれば、直ぐにでも行く。
だけどエマはハンスじゃない。
「組織のことなら大丈夫。愛しの君にも、もう了解は取ってあるわ。大分渋っていたけれどね。でも彼は言っていたわ、話を出したらナトーは断らないだろうとね」
“愛しの君って誰のこと……もしかして……”
急に頬が熱くなる。
さすがに情報部員だけあってか、暗がりの中でも俺の顔色の変化に気が付いて、ちょっかいを出してきた。
「きゃっ。ナトちゃん可愛い♪ハンスのこと言ったら顔が赤くなったぁ!意外とウブネ」
「違う。熱くなってきただけだ。そうと決まればサッサと脱ぐぞ。着替えは奥のバッグの中だな」
着替えを急ぐ俺をウキウキした顔で見つめてエマが言う。
「やっぱ。抱きたくなる」と。
俺が、聞こえなかった振りをして全部脱いでバッグの中から服を取り出していても「ねっ!ねっ!彼とはどこまでいったの?」とか「彼の他には、何人くらい?」とか聞いてくる。
正直ウザい。
俺は無視して、黒い服を着て同じ色のビジャブを巻いた。
(※ビジャブ:イスラム教徒が頭から被るスカーフで、目しか出ないアバヤと違い、結構普通のスカーフに近い)




