【2年前、リビア⑥】
フランス軍やアメリカ軍も必死でバラクの行方を追っているが、トリポリ郊外に潜んでいるという以外に、決定的な情報は掴めていない。
ただ毎日郊外をVBLやハマーで走り回り、道行く者たちの中にバラクが居ないか探しているだけ。
仮にパトロール中に運よくバラクを見つけられたとして、それからどうするのだろう?
ハンスからの命令は、即応部隊に位置を知らせて待機。
ただ、それだけ。
一人のチンピラじゃない。
小型車両で奴を発見しても、即応部隊の到着まで何もできないでいると、当然その間に奴は逃げる。
そのあと、どうするのか……。
なんだか、みすみす取り逃がしてしまうような命令に苛立ちを覚える。
もし、命令さえなければ、その場で射殺してしまえば任務は完了するというのに。
パトロールから戻り、そんなことを考えながら小休止の時間に紅茶を飲んでいたところにニルス少尉が声をかけてきた。
「なにか、作戦に不満がありそうだな」
「ニルス少尉。良くわかりましたね」
隠さないで正直に答えた俺の言葉に、ニルスは少し顔を曇らせる。
俺が胸の内を正直に答えたから顔を曇らせたわけではない。
ニルスは、俺に敬語を使われるのが、ただ単に嫌なのだ。
入隊する前の一週間は普通に話していて仲良くなった。
だからそのまま話してくれればいいと言うが、階級の上下関係を最も重んじる軍隊に入隊した以上、それはできない。
「パトロールはもう終わったの?」
「いえ、夕方前にもう一度行きます」
「ナトちゃんのことだから“バラクを見つけ次第射殺してしまえばいいのに、即応部隊を待っていたら逃がしてしまう”そんなことでも考えていたのかな?」
二人っきりやハンスと三人とき、ニルスは俺のことを軍曹とは呼ばないで、ナトちゃんと呼ぶ。
ハンスには、その都度注意されてはいるが、聞きはしない。
「バラクを見つけ次第射殺する事は、ナトちゃんにとって簡単なことなんだろうな。僕には出来ないけど。でも、それはNG。なぜなら奴は沢山の情報を持っているし、殺しても代わりになる奴も何人か居るだろう。実際にパトロールと即応部隊とで奴を捕まえるのは大変だけど、これは続けることに意味がある」
「と、言うと?」
「常に我々が奴を見つけ出して捕まえるために、うろつき回る。何度か見つけ、何度か見逃したとしても徐々に捜索の範囲は狭まり見張られているという意識の中で奴は動きにくくなる。街から逃げ出そうものなら、直ぐに検問に掛かるから逃げられない。必然的に奴と奴らの行動範囲は狭くなる。そして最後は捜索の輪の中から逃げられないまま、奴も奴の代わりも、こちらに捕まえられるってわけ」
「なるほど……」
「まあ、持久戦だけどね。でも、奴らの持っている情報は大きいよ。どこに武器を蓄えているとか、奴らの仲間がどこに隠れているとか、資金源とかね」
事を焦らずに、恒久的な被害を最小限に抑えるということだと思った。
力で押せば、押し返される。
先進国では大昔の戦争と違い、一般の兵卒といえども、その命の重さが大切にされる。
もっとも、敵の命までは重要視されていない。
話しているうちに、ハンスを乗せた即応部隊の装甲車も戻ってきて、人だかりができた。
ほぼ全員が補給部隊とかの、若い女性隊員。
自分では、鼻つまみ者だと言っていたくせに、なかなか凄い人気者。
確かにどこかの俳優みたいな端正な顔立ちとスタイルだから、女子がキャーキャー黄色い歓声を上げるのも頷ける。
ハンスが無事帰ってきたことにホッとする一方、別に妬いている訳ではないけれど何故か取り囲もうとする女子たちの声に少しイラっと来て、そしてその女子たちに目もくれず直ぐに俺を見つけて歩いてくる姿に胸の奥が少し熱くなる。
ほんの少しのことに、心がコロコロと動かされてしまうのが、なんだかもどかしい。
「気になる?」
「何が?」
「いや、なんでもない」
そう言うとニルスは席を立った。
 




