【2年前、リビア③】
駐屯地入りの挨拶が終わり、分隊は割り当てられたテントに向かう。
もちろん俺も。
そう思って歩き始めたところで、ハンスに呼び止められ、司令部に誘われた。
俺たちの任務はトリポリに潜むバラクの捕獲。
特に現地指令と打ち合わせするようなことは無いと思っていたし、作戦の打ち合わせにしても下士官の俺が呼ばれるのはおかしい。
「じゃあな、俺はまた後で顔を出す」
ハンスがそう言ってテントを去った。
どうやら作戦の打ち合わせでもないらしい。
「失礼します!」
そう言って、指令の部屋に入ると紅茶の甘い香りと、苦い珈琲の香りがした。
「やあ、君が一世紀振りに復活した女性戦士かね。スーザンの国籍はイギリスだったけど、君は何処の出身かね?」
司令官はそう言うと「指令のアンドレ大佐だ」と握手を求めて来たので、こちらも手を差し出す。
「綺麗な手だ。ウチの補給部隊に居るどの女性兵士よりも二等軍曹の手は綺麗で柔らかく、それに白い」
傭兵部隊内では、女性として扱うなと厳しいお達しがあり、それは国軍にも伝わってあるはず。
なのに、このアンドレ大佐の俺への態度は、まるで女性へ対する敬意そのものなので戸惑う。
“エロおやじか?”
こういう世界だから、ゲイもいればエロもいる。
だが、それが基地司令では示しがつくまい。
「まあ、腰掛けて紅茶でも飲んでくれ」
そう言って指令自身は珈琲のカップを持ち上げた。
「頂戴いたします」
紅茶を飲むときにアンドレ指令は腕時計に目をやり、時間を確認した。
俺がまだ出身地の質問に答えてないことよりも、時間のほうが気になるらしい。
なにかある。
「二等軍曹、君の経歴書は読ませてもらったよ。出身地不明・性別は女・コルシカ空挺試験はトップの成績で卒業し筆記試験では士官試験もクリア、なかなか頭がいい。それにもまして射撃成績は抜群じゃないか、どこで習った?もとはテロ組織にでも居たのかね?」
ヤザと一緒に多国籍軍と闘っていた事がバレたら、なにかと面倒になるので養父が猟師だったので幼いころから習っていたと答える。
「養父に教わった……で、その養父は今どこに?」
「俺を置いてどこかへ消えた」
「なるほど、それは大変だたろう。それで、それ以降はどうして暮らしていた?」
赤十字難民キャンプだと答えると“どこの?”と聞き返してくるだろう。
しかし運の良い事に、この司令官と俺とは組織が違う。
クソ真面目に答える義務はない。
だから「尋問ですか?」と逆に聞き返した。
「いやぁ、つい美人を見ると興味が湧く性質で、気分を害されたのなら謝るよ。すまない」
アンドレ指令は、それから立ち入ったことは聞いてこなくなり、現地の情報などを俺に話した。
テントの奥からハンスの声がした。
「入りたまえ」
入って来たのは二人。
ハンスの隣にはニルスが居た。
「終わったかね」
「終わりました」とニルスが答えた。
その言葉を聞いて指令が席を立ったので、俺も立つ。
「いや、くだらない話に付き合わせて申し訳ない。この握手を最後に私の認識を改めさせてもらうよ。チャーミングな若いお嬢さんではなく、強く立派な兵士として歓迎するナトー二等軍曹リビアへようこそ!」
差し出された手に、迷うことなく手を出し握手をした。
「使い方はウチの通信担当に?」
「ハイ。もう説明しました」
ニルスが答えると、指令は俺の方を向き「これで安心」と言った。
「それでは、失礼します!」
ハンスの号令で俺たち三人は一緒に指令のテントを出た。
「何をしていたのですか?」
ニルスに聞くと、通信の情報制限を掛けていたと答えた。
「何のために?」
俺が効くと、大勢のギャラリーたちが携帯をこっちに向けていた。
「写真!?」
そう、ここの通信網にウィルスを掛けた。
俺が不思議そうな顔をしているのに気が付いたハンスが、面倒臭そうに口を挟む。
「皆が、お前の写真を撮るからだ。写真が出回っては困る」
「それでナトちゃんの写真を撮影した場合に、送信できなくなるばかりか自動で削除してしまうスパムを入れたんだよ」
あとに続いて、ニルスが自慢げに答えた。
「いつも現地入りしたら行う作業?」
「まさか。言ったろ、いつも俺たちは鼻つまみ者だって」
「こうして写真を撮られる事なんてない」
「……そうか。すまない」
女性だということを申し訳なく思う一方、何だかほんの少しだけ甘く、くすぐったい気持ちになった。
 




