【現在、ザリバン高原地帯13時30分】
嫌な予感と言う奴ほどよく当たる。
俺がフジワラの様子を見ていた時、コクピットにいたゴードンが”キムの奴が吐きやがって臭くてしょうがない”とダスターを取りに来た。
「俺も行く」
そう言って、当て木になる様なものを手に持って行った。
「キム、大丈夫か?」
壁に背を持たれかけて座り込んでいるキムに声を掛ける。
吐いたばかりだからなのか呼吸が荒い。
ヘルメットのあご紐を外しながら、今日は何曜日かと聞くと「Wednesday(水曜日)」だと正確に答えた。
目の前で人差し指を動かせても、チャンと反応した。
しかし手を取ると、指が微かに震えていた。
ヘルメットを取り、頭部を触ると、大きな“たんこぶ”が三つ。
もう一度今度は、明日は何曜日かと尋ねると今度は「Suwsday」と答えて笑った。
Thursday(木曜日)を言い間違えたのではない。
正しく発音できなかったのだ。
「良く言えた。長期戦になるかも知れないから、お前はとりあえず夜当番ように休んでおけ。首は痛むか?」
「ああ、少し」
「じゃあ、夜までに治るように当て木をしてやるからジッとしていろ」
当て木で頭がグラグラしないようにしてから、ボディーアーマーを脱がし、腰ベルトも緩め靴も脱がせた。
キムは、おとなしく従った。
それから、ゴンザレスと二人でゆっくりフジワラの隣に運び、少し頭を高くして寝かせた。
「キムはどこか悪いのか?」
一部始終を見て、一緒に運んだゴンザレスが心配そうに聞いてきた。
「ハッキリと、そうだとは言えないが急性硬膜外血腫の疑いがある」
「なんだそれ?」
「大雑把に言うと、脳内出血だ」
大柄なゴンザレスの広い肩が、狭くうな垂れた。
もし俺の見立て通り急性硬膜外血腫だとしたら、程度にもよるが時間の猶予はそれ程無い。
頭痛とおう吐だけならまだいいが、既に軽い言語障害と痙攣が見られるから直ぐにでもグリセオール(脳圧降下薬)の点滴が必要だと思うが、ここにそんな薬はない。
そして完全に直すにはCTを撮り、開頭して出血箇所に溜まった血液を除去するしか方法がない。
もしもそれが出来なければ、重い障害を持つか、死に至る危険性がある。
そのガイドラインは3~4時間と言ったところで、今抱えている重傷者の誰よりも残された時間は短い。
キムを抱えて山を降りてヘリの着陸ポイントまで行ければいいが、抱える人間の他に護衛が最低一人か二人は居る。
フジワラが重傷を負い、レイも片腕が使えない中でそれをすることは共倒れになる可能性もあり、まして指揮を任されている俺がこの戦場を抜けることは許されない……。




