【10年前、中東紛争地区③】
トリガーに指を掛け、ゆっくりとそれを引く。
カーテンの隙間から狙いを定めて、狙撃兵を撃つ。
首筋に弾が当たり、おびただしい血しぶきが上がる。
少し横にずれたぶん修正し直して、もう一度狙いを定める。
観測兵が身を伏せて、その奥に居る通信兵に何か指示を出していた。
今度は、その観測兵のヘルメットに照準を合わせて、2射目を撃つとヘルメットの後頭部に穴が開き、兵士が倒れるのが見えた。
3射目は逃げる通信兵。
これは、背中に当たったものの、その命を奪うことは出来なかった。
まあいい。
所詮、通信兵。
狙撃は出来まい。
アパートの住人は、いきなり銃を持って入って来た俺が発砲したことに、怯えているようだった。
どうせ俺は嫌われ者。
嫌われた駄賃として、その家のパンを頂きながら、もう一度クローゼットに戻りスコープで通信兵が出てきていないか探る。
それにしても、この水気の無いパンは喉に突き刺さる。
まあ、ヤザと一緒に居ることを思うと、こんなパンでも食べられるだけましだ。奴は俺に餌を与えることをいつのまにか忘れてしまっている。
アパートの女の子が、クローゼットの中で監視する俺にミルクを持って来た。
水で薄めたヤツだ。
それでもカサカサの喉には有難かった。
女の子は、俺と同じくらいの背格好。
幾つだと聞くと、10歳だと答えたあと「あんたは?」と聞いてきた。
俺は自分の歳を知らない。
誰も、そんなこと気にしちゃあいなかったから。
返事を返さない俺に構わず、女の子は話を続けた。
お喋りな女だった。
だけど俺は無性に、むしゃくしゃして、奴が良くそうするように乱暴にその女を押し倒し、その唇を奪った。
そして衣服を剥ぎ取ろうと手を掛けたとき、甲高い音が空から近づいて来ていることに気が付いた。
“ヤバイ! 長居し過ぎた!”
ガラガラと崩れ落ちる天井と壁、それに抜けてしまった床。
初弾から命中されては、逃げる暇もない。
崩れる瓦礫と共に部屋から放り出され、瓦礫が敷き詰められた寝床に叩きつけられる。
痛いかどうかは分からない。
落ちかけの意識の中で俺の目が捉えた物は、さっきの女の子が目を開けたまま横たわり俺を見つめている顔。
俺と同じように瓦礫に横たわる女の目に、まだ降り注いでくる埃が溜まって行く。
もう女は瞬きをしないし、お喋りもしない。
そして、俺の記憶もそこで止まる。