【4年前、ヤザとの再会とサオリとの別れ④】
「サオリ!」
私を探して、大通りでキョロキョロしていたその後ろ姿に声を掛けた。
振り返ったサオリが驚いたように声を上げる。
「ナトちゃん?あなた本当にナトちゃんなのね!」
なにを今更言っているのだろうと思っていると、キャンプ地での姿が見慣れていて、髪を整えてお化粧をしてもらった今の姿がまるで別人のようだと言い私の両手を持って喜んでくれた。
不思議だ。
ヤザはどんなに化けても直ぐ分かると言い、サオリはまるで別人のようだと喜ぶ。
他人から見た今の私は、一体どっちなのだろう。
「あれ?ナトちゃん、なにかあった?」
サオリが顔を覗き込んで聞く。
「別に、なにもないよ。どうして?」
「なんだか、いつもより表情が硬い気がする」
ヤザと出会ったことが影響していることは直ぐに分かった。
でも、それをサオリに話すわけにはいかないから、化粧のせいにして誤魔化すと「急に大人っぽくなったから、そう見えるのかもね」って納得してくれた。
「それより、どうしたの?その革ジャン」
私がキャンプを出たときには着ていなかった黒い革ジャン。
屹度、私がヘアサロンに入っている間に、どこかで買ったのだろう。
でも、この時期に革ジャンだなんて。
それを、言おうかどうしようかと迷いながら見ていると、急にサオリが腕組みをして射に構えニヤッと笑って口を開いた。
「どう、ワイルドだろぉ」と。
そう言って何故か一人でキャッキャと笑って、私とミランは何のことかさっぱり分からなくて目を丸くしてそれを見ていた。
「なにそれ?」
意味が分からなくて聞くと「自慢したいときに使うジャパニーズ・ジョーク」だと教えてくれたので、他には、どんなのがあるのか聞くと、いきなりジェスチャーを始めた。
それは、両方の手の指で人を指さすように窮屈に胸の前で構え「ゲッツ」と言ったあと、右手で人を紹介するように広げ、左手を腰の位置に置いて体を右手の方に傾けて左に後ずさりしていく。
なにかを披露してくれるのかと思っていた私は、その意外な結末に噴き出してしまった。
「ねえねえ、このジャパニーズ・ジョークは、いったいどんな時に使うの?」
笑いながら聞くと、物事が無事終わり舞台から退くときにやるジョークだと言ってもう一度やって見せてくれ、私はまた大笑いした。
笑い過ぎて、涙が出る。
「ナトちゃんも、やってみて」
手ほどきを受けて、私がやって見せると、今度はサオリが涙を流しながら笑う。
あんまりサオリが笑うので「もうヤダ」と言って止めたけれど、笑ってはいるものの難民キャンプにやって来てからサオリが涙を流すのを初めて見て、なんだか不安な気持ちが胸を覆った。
「それにしても、俺は腹が減ったぞ」
私たちの長いやり取りを見守っていたミランが業を煮やして言った。
「ゴメンね、買い物に付き合わせたあと、ジョーク合戦に付き合わせてしまって」
ミランの手にはお店の袋が二つ。
「カフェでランチにしましょ」
そして、近くのカフェに入ってランチを食べた。
「やっぱ、暑いわコレ」
そう言って、サオリが革ジャンを脱ぎ、私に渡した。
「えっ!くれるの?」
冗談で言うと”私だと思って着ても良いのよ”と変なことを言うので“変な冗談は止めなさい”と、たしなめると、ペロッと舌を出して悪戯がバレた子供みたいな表情を見せるサオリ。
帰国が近いせいなのか、なんだかいつもよりハイになっている。
バーガーを食べ、食後に紅茶を飲む。
こうして落ち着くと、忘れかけていたヤザの言った二つの言葉が、頭の中で繰り返される。
“お前の過去を知ったとき、誰がお前を庇ってくれる?”
“平和に暮らしている人間から見れば、お前は立派な人殺しだ”




