【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験⑳】
結局モンタナとブラームの用事と言うのは、テシューブが俺を試験中に落とそうとしている情報以外は、激励を兼ねた只の物見遊山だった。
二人が返るとき俺だけが見送りに降りると、まだ下にはトーニが居て“次は三曹の試験受けてやるから覚えてろ!”と、もうカンカン。
あまりに煩く二人に突っかかるものだから、俺は少しだけふざけて“ありがとう。俺が籠の鳥であるばかりに心配をかけてしまった”と言って正面から抱きついてやると、途端に静かになり可笑しかったけれど、モンタナに「それを、やっちゃぁいけねえ」と注意された。
「まあトーニを始め部隊の連中には、よく注意しておくからナトーも注意しとけよ、特に」
ブラームは、そこで話を切ってポンと肩を叩いて歩き出す。
“特に……?”
三人と別れ、宿直室に戻る時、守衛室の当番将校に「仲間が心配してくれているんだ、頑張れよ!」とポーンと背中を叩かれた。
“ナカナカ良い力をしている”
階段を上がり食堂を覗くと、そこにはもうハンスも居なくて、テーブルと椅子だけがある殺風景な景色があった。
その殺風景な部屋に、さっきまでの俺たちが居た景色を重ね合わせる。
モンタナが豪快に笑い、物静かなブラームが頷き、クールなハンスが諭すような口調で話をする。
そして、それを見つめているわた……いや、俺。
どうしてだろう?
ここに来てからというもの、サオリたちと過ごしていた頃に使っていた自分の一人称が何度も出て来そうになる。
ボーッと食堂の入り口で立っていると、無線室のドアが開く音がした。
“ハンス!”
咄嗟に、そう思って振り向くと、そこから出てきたのはニルスのほう。
お互いの目が合うが、俺は直ぐ目を逸らした。
ニルスは食堂に自分の分の夕食が届いているのを確認した。
今届いているのは、ニルスと俺の分。ハンスの夕食はまだ来ていない。
「さてと、晩御飯でも食べるかな。ナト、一緒にどう?」
「さっき部隊の連中が来た時、珈琲を飲んだから後にする」
「……そうか、残念だったな。面倒なセキュリティーなど考えずに、みんな一緒に食事できれば良いのだけど」
そう言って食事を始めた。
食事は別々の所から届けられるばかりか時間も異なる。早い方は昼番の守衛が届け、遅い方は昼番が帰った後に届く。
俺の夕食はいつも昼番の時間帯。
部屋に戻るのも気まずいので、斜め向かいの席で黙ってテキストを読んでいた。
勉強の邪魔になると思ってか、ニルスも話し掛けてこない。
カチャンとフォークが置かれる音が聞こえたので席を立った。
「珈琲にする?それとも紅茶?」
「ありがとう。じゃあアッサムで」
「じゃあ、ミルクも入れる?」
「良く知っているね。たのむよ」
紅茶を入れるとき、さっき洗って乾かしていたコップが二つある事に気が付いて、背中で隠すように水気を拭いて片付けた。
「僕の故郷では珈琲を好む人の方が多いんだけど、どうも子供の時からあの苦みが駄目でね、幸いお婆ちゃんがイギリス北部の人だったから我が家は紅茶派だったから助かったよ。ナトは出身地が分からないって言っていたけれど、アッサムを頼んで直ぐにミルクを聞いてくれる所からすると、イギリスなのかも知れないね。そう、君には英国王朝風の気品の良さを感じる時があるよ」
「ありがとう」
甘いクッキーを横に乗せたティーカップをニルスの前に置くと“プチ・フィーカだ”と喜んでくれた。
(※スウェーデンをはじめ北欧では、珈琲や紅茶とスイーツを一緒に楽しむフィーカと言う習慣があります)
 




