【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験⑲】
「しょうのない奴らだ。で、なんだ?まさかナトの様子を見に来たんじゃないだろうな」
その言葉に、モンタナとブラームは気まずそうに言葉を失い、なにか他の口実を探すように周囲を見ていた。
「士官専用の宿直室と言っても、何だか味気ないな」
「当たり前だ、ここは軍隊で、カフェじゃない」
「コーヒーは飲めるのかい?」
「まったく……」
ブラームの言葉にハンスが腰を上げようとしたので、先に席を立った。
「何がいい?」
「ブルーマウンテン」
「俺はグァテマラ」
「豆は二種類しかないよ、モカとコロンビア」
「「じゃあモカ」」
二人が同時に、同じものを指名すると、ハンスがNGを出した。
「基本的なことだけど、ここではどんなものでも同じものは口にしない」
たしかに、ここに来てまだ三日だけど、俺とハンス達の食事はいつも違うものを食べている。
何故?
「同じものを食べると、食中毒や万が一毒物が混入されていた場合、共倒れになるからだ。それは、下の守衛室の人間も同じ。少人数でしかも外に近い場所だから危機管理レベルが兵舎とは違う。もちろん外気だってサリンやVXガス対策をしているから窓もあかなければ空気や水道水だって直接外の物は使っていない」
ハンスの説明を聞きながら、珈琲豆を手で轢いていた。
恐らく珈琲豆を使うのも、手で轢くのも、この考えに基づいているのだろう。
インスタントなら薬物をまんべんなく混入できるが、豆ならば何時混入したものが使われるのか判断しづらくなるし、手で轢けば混入物に気が付きやすい。
二人とも感心しながら話を聞いていたが、俺が珈琲を入れるのを見ながら「いい嫁さんになるぜ」とモンタナが言って、ハンスに注意された。
「いいか?ナトーを応援したい気持ちは分かるが、お前らがこいつを女だと認識することを、部隊長を始め幹部連中は一番恐れている。なにせこの傭兵部隊には過去一人しか女性兵士は居なかった。それも今から100年近い昔の事だ」
(※過去一人の女性兵士:Susan Travers 1909年9月23日イギリス生まれ、看護師&運転手として北アフリカ戦線に従軍。2000年12月18日に94才で永眠)
それについてブラームが不思議がって聞いた。
フランス正規軍にもアメリカ軍にも、後方支援部隊などには女性兵士が居るのに、なぜ傭兵部隊には女性兵士は居ないのかと。
もちろん俺がここに来た時、面接を担当したテシューブが言ったように、事務員としての女性は居る。
なのに軍服を着た女性が居ないのが気になった。
「所詮、俺たちは傭兵だ。お前らが思う程、上からの信用は得られていない。上層部が恐れるのは、女が入隊することによって規律・風紀が乱れ、お前たちがアフリカ中央部の部族のように手あたり次第女をレイプをしてパトロンから見放されることだ」
傭兵部隊と言うのは、フランス政府の命令で戦場に赴くだけではなく、個別に他所の政府からの依頼も受ける場合がある。
もちろんフランス政府に敵対する国や、経済などに支障をもたらす場合は除外されるけれど、基本的には要求通りの金を払ってくれれば依頼を受ける。
「はいったぞ」
俺はいれた珈琲を二人の前に置く。
「こりゃあ、てーへんだぞ」
モンタナが目を丸くして言ったあと「ナトーなら大丈夫さ、なにせ特殊部隊の格闘技トップ3を相手に2勝しているから、誰も手出しはしないよ」とブラームが言ってくれた。
「問題は、身の程知らずのトーニだけか」
モンタナの、その言葉に一同が笑った。




