【現在、23時ザリバン山岳地帯上空】
静かな夜の旅は、話すものも少ない。
これから最前線の基地に向かうという運命が重くのしかかり、兵士たちを黙らせるのだろう。
広い貨物室は暗い洞窟のように静まり返っていた。
本や手紙を読む者。
祈りを捧げる者。
家族の写真を見る者。
皆、戦場へ向かう前の、ひと時の休憩をとっていた。
突然ドーンという音がして、僅かに機体が揺れる。
なにがあったのか分からない。
故障か、それとも敵の攻撃か。
貨物室の天井にある小さな窓から赤い光が差す。
ベルトを外し、その窓によじ登った兵士が、1号機がやられたことを叫んだ。
これだから飛行機は気が進まない。
もともと人間は飛べない。
空飛ぶ箱に乗ったって、それが撃ち落されればお終い。
なすすべもなく、地面に叩きつけられるしかない。
次の瞬間、機が急激に傾き、窓によじ登っていた兵士が振り落とされ、叫び声を上げながら転げまわる。
滑稽な奴だ。
傾いた機は。回避行動をとっているのに違いない。
ザリバンは巨大なテロ組織だが、戦闘機は持っていないはず。
そして、この辺りは山岳地帯。
大型の地対空ミサイルではなく、相手は地上からの歩兵用の携行地対空ミサイルだろう。
そして、この急旋回は、既にミサイルにロックオンされている事を示している。
いくら頑丈で輸送力に優れた機体だと言っても、その分重量が重くなり運動性能は劣る。
たかが歩兵用の携帯ミサイルだと言っても、そう簡単に逃れられるものではない。
回避行動をとったところで、それはただの悪あがきだ。
何度か機体を左右に振ったあと、激しい爆発音と共に振動が走る。
被弾。
幸い被弾したのは胴体部分ではなく、被弾して翼が飛ばされた訳でもなさそうで、爆発音のわりには機体は比較的安定していた。
ただし、急激に降下はしているからエンジンがやられて推力が落ちたのだろう。
機内に渦巻く悲鳴。
幾度となく修羅場を潜ってきたはずの兵士達でも、こういうときには騒ぎ立てるのか……。
飛行機の乗るということは、落ちれば死ぬということだ。
しかもここは戦場の空。
飛び立つ前に、覚悟くらい決めておけ。
特に俺の右側に座る傭兵は、まるで赤ん坊のように泣き叫ぶから、煩くてしょうがない。
飛行機が落ちて死んでしまう前に、その息の根を止めてやろうとさえ思うくらいだ。
俺は数人の泣き叫ぶ男たちを冷たい目で見ながら、このくだらない世界にサヨナラできることを寧ろ嬉しいとさえ感じていた。
あの世に行って、会いたい人が居る。
合えるものなら、もう一度会いたい。
喚き散らす右側の兵士に対して、左側にいる兵士がやけに静かだ。
こいつも俺と同じく、覚悟を決めているのか?
俺が振り向いたことに気の付いたその男は、ニッコリと笑うと「大丈夫、なるようにしかならないから。唄でも歌いましょうか?」と言った。
「う・た…?」
この状況下で急に言われた“う・た”の意味が分からないでポカンとしていると、男が優しい声で何か喋り出した。
その曲は、赤十字難民キャンプでサオリが歌っていた曲と同じものだった。
そうだ、これが歌だ。
俺は思い出した。
あの懐かしいサオリたちとの思い出を。