【4年前、ヤザとの再会とサオリとの別れ①】
「ねえ、ナトちゃん。今度の誕生日、どこで迎えたい?」
「どこでって、ここ以外ってこと?」
「そうよ」
「う~ん。じゃあ街のカフェ」
「いやいや、そういう小さい範囲じゃなくて、世界のどこでも良いっていったら?」
「そんなの、無理に決まっているじゃない。だいいち私はパスポートも持っていないから、この国の外に出る事なんて出来ないよ」
私がそう言うのを待ってましたとばかりに、サオリが「ジャン!」と言って何かの手帳を目の前に出した。
表紙には何かの花のマークが大きく書かれていて、その下に日本国と書かれてあった。
「日本!」
「そうよ」
「でも、どうやって?」
「大使館に知り合いが居るの、それでお正月に撮った写真を付けて手続きしてもらったの」
「やったー♪それじゃあ日本に行く!」
「いいの?アメリカだってイギリスやフランス、スイスだって連れて行ってあがられるよ」
「ううん、絶対、日本へ行く!」
「だったら、やっぱりあのワンピースが要るわね……」
サオリが思わせぶりに言う。
「なんで?」
「だって、六月の日本は梅雨と言って、雨ばっかり降って湿度が高いの。パンツルックだと裾が直ぐに濡れてしまうわ」
結局、サオリはあのワンピースを私に着させたいのだと思った。
だから、日本に行くのならイイよって返事をした。
次の休暇に街に買い物に出て、さっそく前に寄ったブティックに入る。
もうだいぶ経っているから、ないのかも知れないと半ばあきらめていたけれど、まだあのワンピースが置かれてあったので試着室に入る。
はじめて着る、ひらひらのスカート。
それにノースリーブと、真っ白な襟。
まるで雑誌に載っている、お嬢さんのような服。
こんなの私に似合うはずがない。
ドキドキして、ナカナカ袖を通す事が出来ないでいると、サオリが覗き込んできた。
「あら、まだ着ていない。着せてあげようか?」
「……うん。じゃあ、お願い」
恥ずかし過ぎて、自分で着る勇気が無かった。
サオリに服を着せてもらい試着室を出ると、待っていたミランが「Ma belle!」と言って喜んでくれた。
(Ma belleはフランス語で綺麗・可愛いと言う意味で、我が子に愛情をもって呼びかける時にも使われます)
ミランにも見てもらったので、直ぐ脱ごうとすると、サオリに「そのまま着ていなさい」と言われ、恥ずかしかったけれど従った。
「服と素材は良いとしても、そうなるとそのボサボサの髪が気になるなぁ」
そう言って、次はヘアサロンに連れて行かれた。
「でも、もったいないよ」
躊躇う私にはお構いなしに、サオリは店員にカットとお化粧を頼んで、自分の腕時計を外して私に渡す。
「いい?三時になったら、ここへ迎えに来るから、あまり遠くに行かないでこの辺りに居て頂戴ね」
そう言って、ヘアサロンに私を置いて、ミランとどこかに出かけてしまった。
余程銀髪が珍しいのか、ヘアサロンの店員は入れ代わり立ち代わり、私を観てprettyとかcuteとかcharmingと言って褒めてくれた。
カットが終わり、お化粧をしてもらうとお店の皆が集まって来て「beautiful!」を連呼してもらった。
髪を綺麗にしてもらうのも初めてなら、お化粧をするのも初めて。
なによりも他人からチヤホヤされるのも初めての経験で、少しのぼせてしまいそうになりお店を出た。
サオリに渡された腕時計を見ると、待ち合わせ時間までまだ20分ほどあったので、その辺りをブラブラと歩いた。
道行く人が何故かしら私を見て通る気がする。
通り過ぎる人を振り返って見ると、たいていの人と目が合う。
“やっぱり変なのかな……”
今朝まで、難民キャンプで働いていたボサボサ頭の私が、こんな格好をするのを珍しがって見ているのだと思った。
“カシャッ”っと言うカメラのシャッター音に気が付いて振り向くと、そこに居たのは、あのヤザだった。
 




