【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験⑰】
ハンスに買ってもらったスウェットに着替え、寝る前にもう一度シャワーを浴びた。
今日二回目のシャワー。
でも一回目と違い、体が火照っているのが自分でもハッキリと分かる。
熱いお湯が、その火照りを更に焚きつけて行く。
まるで、この体の感覚はサオリと一緒に狭いシャワー室に入ったり、ベッドに入ったときの感覚に似ている。
甘い記憶が蘇り、思い出を撫でるように、柔らかく体を洗う。
それは肌を磨いている感覚。
まるで丹念にお化粧をする、女性。
そう思うと、急に体を撫でるのを止めてクシャクシャと髪を洗う。
でも、一向に火照りは治まらないどころか、体の奥の方からジンジンと湧き出てくる。
サオリと一緒の時の、甘いゆっくりとしたものではない。
似てはいるけれど、もっともっと体の芯から激しく熱が噴き出して来て、自分では止めることも出来ない。
何故?
一瞬、この火照りにこの身を任せてしまいたくなる。
でも、それではいけない。
今は厳しい試験の最中。
気を緩めてしまっていては、遥々ここに来た意味がなくなる。
手を給湯コックに伸ばし、火照った体を冷ますようにお湯を切り、水だけにした。
その冷たさが、体を正気に戻した。
シャワー室を出ると、丁度無線室のドアが開いた。
“ハンス!?”
そう思っただけで胸の鼓動が高まる。
しかし出てきたのはニルス少尉のほう。
高まった胸の鼓動が、元に戻る。
ニルスは俺の顔を見てニコッと微笑みかけ、自分の宿直室に入って行き、俺はそのまま廊下を歩いて自分用に割り当てられた部屋に戻る。
まるで何事も無かったかのように。
ドアを閉めると、急に安心してしまい。深いため息が漏れた。
自分でも、どうしてだか分からない。
椅子に座り、ドライヤーを手に取り濡れた髪を乾かしながらサオリの写真を眺めると、さっきハンスと一緒に行ったブティックでのことを思い出す。
お店で一番に目に留まった綺麗な青いドレス。
ハンスが似合っていると言ってくれた、フワッとしたスカートの青いドレス。
急に懐かしいサオリの声が耳に届けられる。
“まあ、男の人に恋するようになったら、私が勧めなくても自然にスカートを履くようになるか!”
“まさか――”
俺は、慌ててベッドに入った。
ブランケットを頭までスッポリかぶって、心の中で連呼する。
“まさか! まさか! まさか!”と。
夜中にドアの開く音で目が覚めた。
「じゃあ、あと宜しく」
「オーケー!」
最初の声がハンス、あとの声がニルス。
ドアが閉まり、またドアが開いて、そして閉まる。
最後のドアの締まる音に導かれるように、俺はベッドを出てドアを開けると、そのまま廊下を進みハンスの居る宿直室の前まで来てしまう。
“何故?”
自分でも、どうしてここまで来てしまったのか分からない。
何をしたいのかさえも。
閉められたドアは冷たい氷の扉ように、静かに物も言わない。
それは、決して登る事の出来ない、氷壁のよう。
諦めて来た廊下を帰り、部屋に入る。
“なにがしたかったのだろう……”
と、自分に問いかけてみるけれど分からない。
ナトーがドアを閉めて部屋に戻った後、通路の向こう側にある宿直室のドアがゆっくりと開く。
それは、さっきまでナトーが立っていた氷壁のドア。
ハンスは今閉められたばかりの、通路の向こう側のドアをしばらく眺め、またゆっくりとドアを閉めた。
通路に小さく照らされた橙色の灯には、二匹の蛾が戯れていた。




