【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験⑯】
残った俺とハンスは宿直室に向かう。
「もういいよ」
ハンスが一緒に上がってくれるのは嬉しいけれど、迷惑を掛けてもいけないのでそう言うと「遠慮するな、今週の宿直は俺の番だ」と言った。
「それも――」
「その通り。これも予定外で、俺は君のボディーガード役に抜擢された」
そう言って笑い、ブラームから受け取った箱を差し出す。
「これは?」
「ドライヤーだ。風邪をひいては詰まらんだろ」
それからハンスは通路の奥にある無線室へと消えて行った。
部屋に入り、箱を開く。
上等なドライヤー。
異性から始めてもらったものに、赤十字難民キャンプを出てから半年間張り詰めていた心が解けそうになりズット手に取って見つめていると、再びドアがノックされた。
「ハンス!」
小さく声を上げ、慌ててドアを開けると、そこに立っていたのは知らない若い士官。
「こんばんは!」
「はあ……」
ハンスではなかったことに少しがっかりして、気のない返事になったのが自分でも分かった。
「はじめまして、僕はニルス。同期だけど階級はハンスの一つ下で少尉。今日は一緒に宿直なので、宜しく」
ニルスの言葉で、初めてハンスが将校だということが分かった。
「俺はナトー。ニルス少尉、お目に掛かれて光栄です。どうぞ宜しく」
俺が握手の手を差し出すと、ニルス少尉は一瞬戸惑い、警戒するようにゆっくりと手を出してきた。
握った手は汗が凄かったけれど、好青年ぽいその容姿から不快感は無い。
兵士にしては柔らかすぎる手。
握手が終わり、手を離すとニルスは緊張感が取れたようにホッとしているのが見て取れた。
「どうして?」
「えっ?」
「どうして、そんなに緊張していた?」
「いや……ハンスがね、君が僕を気に入らなかった場合、握手の手を差し出した途端に捻って投げつけるだろうって言うものだから……」
「まさか」
そう言って笑う。
「腕に自信は?」
「ないですよ、彼は元KSK(ドイツ連邦陸軍特殊作戦師団)だけど僕は普通入隊ですから」
なるほど、どうりでハンスが強いわけだ。
 




