【10年前、中東紛争地区②】
確認は出来た。
男の子の撃たれ具合で銃の口径が分かり、打たれた男の子と着弾した場所で発射地点の方角が、そして後から聞こえて来た銃声で距離が掴めた。
俺は黙ってその場を離れ、最適な射撃場所を探す。
敵の狙撃手が男の子を撃ったことで、大まかな銃の種類は掴めた。
狙撃銃がM82でなかったことは直ぐに分かり、それは俺にとって幸いだった。
もしもM82の12.7mm弾で狙撃されれば、男の子の頭はスイカのように飛び散った事だろう。
通称バレットと呼ばれるこの銃の有効射程距離は約2000メートル。
しかも距離によっては、薄いレンガなど簡単に貫通する威力を持っているから、建物の陰に隠れた所で位置が知れてしまうと隠れる場所がなくなる。
とてもAK47などで太刀打ちできる相手ではない。
柔らかい子供の頭を用意したことも、奴にしては冴えている。
7.62mmか5.56mmかも分かりやすかった。
戦場に於いて携行する弾数と、相手を殺すことよりも傷を負わせることで戦力を奪う目的で開発されたこの5.56mm弾は、損傷が少なく貫通力が高い。
だから、柔らかい男の子の頭に当たっても、血しぶきしか飛ばなかった。
旧式の7.62mm弾だと、破壊力が大きいので、骨の破片や、圧力で目玉も飛び出したことだろう。
中東軍兵でない事や銃の種類も分かった。
中東軍兵が使うのは旧式の7.62mm。
敵は恐らくは多国籍軍。
それも発射速度の速いM16系の狙撃銃だ。
敵の情報が分かると、次にすることは、こちらの射撃地点を探すだけだ。
敵の正面に入ると、狙撃兵を発見しやすいが、敵からも発見されやすい。
多国籍軍の兵士たちは、狙撃兵が単独で狙撃することはない。
たいていの場合、隣には双眼鏡を持った観測兵と、不意をつかれないための見張り員が死角をカバーするためにつく。
見張り員が何処に潜んでいるのかまでは分からないが、狙撃兵と観測兵の二人は目標物に対して横に並ぶため、広い窓や開口物、塀などから射撃してくるはず。
そして射撃後に排出される薬莢の向きは射手の右側。
だから観測兵は熱い薬莢が当たらない、射手の左側に位置する。
相手の射撃地点が、建物の窓だと想定した場合。
こちらの射撃位置は、正面から向かって右寄りに行けば敵の狙撃兵が物陰に隠れてしまうことを避けられる。
俺は、右手側の見通しの良い建物へと向かった。
幸いにも、俺の見た目は子供だ。
丁度、良さそうな建物の窓から探せる。
まさか子供が有能な狙撃手だとは思うまい。
俺は侵入した部屋にあった本を破って、飛行機を折り、窓から飛ばした。
遊んでいる訳ではない。
いくら子供の姿と言えども、あからさまに探す動作を見られれば撃たれる可能性だってある。
しかも、正規軍でない俺たちの中には多くの子供も含まれているから、なおさらだ。
紙飛行機を飛ばしながら、目標物を探す。
探すのはスコープと双眼鏡。
何度も色々な方向に紙飛行機を飛ばして、丁度紙飛行機が左に旋回した時に光の反射を感じた。
観測兵が持つ双眼鏡の反射だ。
“やはり俺を見ていた”
離れた敵に、こちらの声が聞こえないのをいいことに、お母さんに呼ばれた子供を演じて窓から離れる。
そして、ふたつ上の階のクローゼットのカーテンの奥に隠れ、ポケットからスコープを取り出して覗く。
見つけた。
狙撃兵と観測兵、それに通信兵の三人ペアだ。
スコープを装着しようとして止めた。
こちらの狙撃手を既に5人も倒している相手なら、6人目の狙撃手への警戒も怠ってはいまい。
スコープを使うと、相手をよく見える代わりに、レンズの反射で相手側からも格好の目標物になる。
俺はスコープを床に置き、吊ってある服のボタンを閉めて、そこから銃口を突き出す。
弾丸の回転ズレを予測して、照準位置を少し斜め右上にずらす。
敵は、のんきにガムを噛んでいやがるのか顎が頻繁に動いている様子に見えた。
そして俺は、その男に向けて、ゆっくりとトリガーを引く。
興奮もしなければ、汗もかかない。