【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験⑭】
用紙には一週間分のスケジュールが表に書き込まれていた。
先ず明日は午前中3時間の筆記試験の後、午後からは健康診断があり、その後また2時間の筆記試験。
二日目は午前中3時間と午後4時間の講習。
三日目は午前中筆記試験のあと、午後からは技能試験。
四日目と五日目は丸一日かけて各種講習を受ける。
一日の休日を挟んで、二日続けて筆記試験を受ける。
ただし、初日の筆記試験、三日目の筆記及び技能試験の成績が基準点以下の場合、そこで不採用が決定し以降のスケジュールは行われない。
「傭兵になるのは簡単なのかと思っていたけれど、こんなに大変だとは思ってもいなかったよ」
「いや、普通は簡単だ」
ここでウエイターが食前酒を持って来たので、用紙を折りたたんで、ポーチに仕舞う。
「なにこれ?」
俺の前に置かれたのは、桃色の炭酸水。
「それはベリーニと言って桃のピューレをシャンパンで割ったものだ。美味いぞ」
「ハンスの前に置かれた、その透明なのは?」
「これはスパークリング・ウォーター。車で来ているからね」
「すまない」
「いいさ、そんなに酒は好きじゃない」
二人でグラスを持ち上げて乾杯をした。
「君の未来に」
「ハンスの……武運に」
カチンと澄み切った水色の音が鳴り、ベリーニを口に着けた。
果実の甘い香りと、シャンパンのスッキリした喉越しが疲れた体に染みわたる。
だが幸せに浸っている場合ではない、中断した話の続きを聞かなくては。
「話の続きだが、普通と言うと?」
「普通は最初にやったグラウンドでの試験にパスすれば、あとはごく簡単な筆記試験をして合否が決まる」
「じゃあ、道場での試合や、武器のメンテナンス、射撃の試験は?」
「もちろん普通は、無い」
「酷いな」
そう言って、俺はハンスを睨んだ。
「おいおい、この試験を指図したのは俺じゃないぜ」
「そうだな、すまない」
そこで食事が運ばれてきたので、いったん話を止めて食事を楽しむことにした。
色鮮やかで可愛い野菜とサーモンのオードブルを食べたあと、澄み切ったスープが運ばれ、オードブルの皿が片付けられた。
「一つずつなんだね」
「全部一緒に来るとでも?」
「だって、フリーペーパーなんかには沢山皿が並べられているじゃないか」
「ひとつずつ乗せたらページが沢山要るだろうし、訳が分からなくなるだろ?」
「なるほど、考えたものだね」
俺の答えを聞いてハンスが笑う。
「えっ?なにが可笑しい?」
君は、あれだけ強くて、銃の扱いにも長けているのに、まるで子供みたいだな。
「そうか?」
「親は何をしている?出身は?」
「親は知らない。物心ついた時には中東にいたけど、産まれたのはそこじゃない気がする」
ハンスがスプーンをテーブルに置き「すまない」と言った。
「いいんだ。気にするほどのことじゃない。生まれつきだから何とも思わない。さあ!次は、どんな御馳走が来るんだ?」
俺は努めて明るく言った。
運ばれてきたのはシュリンプを使った料理。
白い皿に、朱色のシュリンプと黄色いクリーム、それを彩るクレソンの緑が、とても綺麗。味も癖がなくスッキリしていて美味しい。
それを食べ終わると、シャーベットが出て来た。
「これで終わり?」
「いや、次に肉料理が出てくる」
その言葉は、なにか考え事をしているように感じたが、今はスルーしておいた。
ハンスが言った通り次にボリュームのある肉料理が出されて、その後にフルーツのデザート。
そして最後に俺には紅茶、ハンスにはコーヒーが出された。
紅茶を飲みながらハンスに聞いた。
「一体何を考えていた?」
「なにも」
「一週間だけの付き合いになるかも知れないから、隠し事は無しだ」
俺がそう言うとハンスは重い口を開けた。
「一体何がある」と。
「何があるとは?」




