【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験⑬】
婦人用衣料品店の前で車が止った。
「行くぞ」
「女装するのか?」
「俺じゃあない。お前の服を買う」
このままで良いと断ると、困ったような顔をして「その服装では俺が困る」と言った。
「何故困る?」
「夜の街で、丈の短い革ジャンに破れたカーゴパンツじゃ、まるでコールガールじゃないか」
「でも、俺はコールガールじゃないし、彼女たちのようにケバイ化粧もしていない」
「化粧をしていなくても、お前は……」
「お前は――?」
「いや、何でもない。兎に角、俺が買ってやると言うんだから素直に命令を聞け!」
「俺はまだ入隊もしていないし、ハンスの部下でもないから命令には従わない」
ハンスの表情が少し曇る。
「だけどプレゼントを断る理由もないから、店には入るけど、あとで高くついたと泣いても知らんぞ」
偉そうに、そう答えるとハンスの表情が明るくなるのが分かった。
「泣きはしない。むしろ金の使い方を知らない俺にとっては有難いくらいだよ」
「ホントかなぁ」
そう言って笑いながら二人で店のドアを潜った。
お店に入って、真っ先に目が移ったのは綺麗なドレスだったけれど、直ぐに目を逸らした。
注意深いハンスがこのドレス似合いそうだと言ってくれたけど、それを無視して俺は違うコーナーに向かい、手に取ったのは黒いスーツ。
「これでいい」
「黒?」
「黒は駄目か?」
「似合うとは思うけれど……これはどう?」
ハンスが手に取ったのは、凄くお洒落な明るいグレーのチェックのスーツ。
「似合うか?」
「黙っていれば……」
「酷いな」
俺はそれを手に取り「まあ、何でもいいや。腹が減ったから手っ取り早く終わらそうぜ」と言って手に取った。
結局スーツの他にシャツと靴それに寝具用にスエットを買い、お店でスーツに着替えると店主らしい女性が軽くお化粧をしてくれて、おまけに素敵なポーチをプレゼントしてくれた。
「どう?」
「別人だな」
「別人とは、何がどう変わったのか言いなさい」
「猿が二本足で立った」
あまりにも酷過ぎる例えに、車の中で大爆笑した。
衣料品店を出て洒落た路地で車を止め、高級そうなレストランに入る。
「Bonsoir!」
店に入ってハンスが挨拶をすると直ぐにウエイターが来て、人数を聞く。
「Vous etes combine?」
二人だと答えるときにハンスとお互いの顔を見合わせて笑って一緒に答えた。
「Nous sommes deux」
ウエイターが空いたテーブルに案内して、座ろうとする俺のためにワザワザ椅子を引いてくれた。
「ここは経費で落ちるから遠慮はいらない」
メニューを見ながら、小声でハンスが言った。
「経費でこんな所で食べられるなんて、もしかして歓迎されている?」
「誰が?」
「わ……」
そこまで言って、咳ばらいをして言い直す。
「俺に決まっているだろ」
「まあ上からは飯の準備が出来ていないから、外で喰わせて来いとだけ言われただけで、誰もこんな高級レストランに行けとは言っていない」
「だけど、行くなとも言っていない」
「その通り。状況は常に有利なものにしなければならない」
そう言って二人で笑っているところにウエイターが注文を取りに来た。
「注文は決めた?それとも俺に任せてくれる?」
ハンスが、そう言ったので
「I'll let go」と手を広げて見せた。
実際フランス語は喋れるけれど、住んだ経験は無いしマナーなどにも疎い。
まして高級料理店のメニューなど分かるはずもないので、ハンスに任せた。
ハンスがウェイターに注文を終えて、俺の方に身を乗り出すようにした。
「ところで……明日からだが」
「明日から?」
「そう。“から”」
そう言うと内ポケットから折りたたまれた用紙を取り出し、俺の前に広げて見せた。
「これは!?」
「君の日程表」




