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【4年前1月1日、中東紛争地区郊外、赤十字難民キャンプ】


 テントの中で勉強していたら、急にサオリがやって来て「Happy New Year!」と明るく言ったので、私も同じ言葉を返す。

 そう、今日は1月1日。

 新しい年の始まり。

 丁度今日は非番だったし、勉強が波に乗ってきたところだったので、また直ぐ本に顔を戻すとサオリが「ナトちゃん、お餅幾つ食べる?」と聞いてきた。

「お餅?何それ?」

「あー。やっぱナトちゃん知らないよね。何て言うのかなー、そう“ライスブロック”!」

「なにそれ?」

「ジャン!こんなの」

 そう言ってサオリが見せてくれたものは、四角い白い塊。

「こんな硬い物、食べられっこ無いわ!それにコレ、ライスじゃなくてワックスかプラスチックにしか見えないし、本当に食べられるの?」

「でしょ♪」

 私の返事に、サオリは満足したように喜んだ。

「サオリは、これを幾つ食べるつもり?」

「とりあえず、お雑煮で2つ」

「“とりあえず”ってことは、また違う料理にも入れるってこと?」

「……そうね、料理って言うか、あとで“おやつ”として食べる」

「おやつ~?この、カチンコチンの物が?」

「だから、今、何個食べる?」

「1個で良いよ」

「本当に1個で良いの?」

「いいよ」

「あとで後悔しない」

「し・な・い」

「じゃあ、直ぐに出来るからスタッフルームにおいで」

 勉強を中断させられたので、サオリの明るさに少しイラっとしたけれど、折角サオリが楽しそうにしているのだから行ってあげないと。

 そう思い渋々、本を閉じた。

 日本食は好きだけど、苦手なものもある。

 サオリのママが、たまに送って来る物の中には時々、得体の知れない物が混ざっている。

 例えば“あたりめ”と言う干した魚は臭くて食べられやしないし、“しおから”と言うものも見た目がグロテスクで、しかも辛い。

 “うめぼし”と言う奴は、その辛さを忘れさせるほど強烈な酸っぱさを併せ持つ、最強兵器だ。

 スタッフルームに着くと、出汁の好い香りが立ち込めていた。

「昆布と鰹?」

「正解♪」

 器の深い、丸みを帯びたスープ皿に、さっきのライスブロックが乗っていたが、それはさっきの硬そうなものとはまるで違って柔らかそうで艶々していた。

 そして皿の横に置かれたのは、細い木の枝が二本。

「あっ、それ箸って言うの。正確には“お箸”って呼ぶのよ」

「箸?」

「ナトちゃんも、いつか日本に来るんだったら、お箸ぐらい使えないと困ると思って」

 なるほど、周りを見ると“お箸”が置かれているのは私の他にはミランとサオリだけで、あとのメンバーにはフォークが配られている。

「嫌だったら、フォークに替える?」

「いいよ。私、お箸使ってみる。使い方教えて」

 そう言うと、サオリの手が私の手を包み、持ち方を教えてくれた。

 サオリの細い指が柔らかくて気持ち好い。

 だけど指を変に折り曲げたり、親指で棒を支えたりして難しい。

 何とか二本のお箸を持つことが出来たけど、サオリのように開いたり閉じたりは出来なかったので、そのままスープを飲んだ。

「美味しい♪これ何て言うスープ?」

「お雑煮って言って、日本のお正月には欠かせないお料理よ」

「さっき硬かったこのライスブロックが、こんなに柔らかくてトロトロなのは何故?」

「それ実は“お餅”って言って、硬くなっても焼いたり煮たりすると柔らかくなるのよ」

 お餅は、ほんのりと甘くてガムみたいに伸びるけれど、暖かくて柔らかくて――そう、例えるならサオリのような気がした。

 そして薄味のスープが、このお餅に良く合って凄く美味しい。

 あっと言う間に食べ終えた私は、まだ食べているミランの器を恨めしそうに眺めるしかなかった。

「おかわり、いる?」

 サオリがニコニコして私に言う。

「えっ!まだあるの?」

「どうせ、1個じゃ足りないだろうと思って、余分に作っておいたのよ」

 そう言って私のお椀を取ると二杯目の“お雑煮”を注いでくれた。


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