【3年前、9月、フランス、パリのスラム街】
花の都とうたわれ、中世の宮殿が華やかに街を彩るフランスの首都パリ。
お洒落なカフェが並び、街行く人たちが着飾って歩く通りを焦げた革ジャンに汚れたカーゴパンツを履いて歩く俺は、昼のこの街では少し浮いている。
道行く人たちが、怪訝そうに通り過ぎる俺に振り向いて嫌な顔を見せているのが分かる。
華やかな通りを抜け、暗い路地裏に入ると、同じようにボロの革ジャンや汚れたパーカーを身にまとい、薬の注射針をぶら下げた奴らが何人か声を掛けてくる。
それを無視して歩き続けると、急に後ろから肩を掴まれた。
「よう、ベービー。俺たちと一緒に遊ばないか?」
俺の肩に手を掛けてきた奴は、身長2メートルはあろうかという金髪の大男。
しかも横幅もある。
その後ろにも少しだけ背の低い、似たような体格の男が二人。
スキンヘッドと黒髪の男。
二人共身長は190センチ近くあり、体系は筋肉質だ。
どうせ夜の街に雇われている用心棒の類だろう。
俺は、掛けられた手を払いのけ、無視したまま先を急いだ。
「待てよ。連れねーなぁ~」
三人組の男の一人、スキンヘッドの奴が前を塞いで、歪に口角を上げて笑いかける。
だが、その目は決して笑ってなどいない。
獲物を狙うオオカミの目。
「どけ」
男の肩を押し、無理に前に進むと、男が革ジャンの襟を掴んできた。
「さわるな」
そう言って、襟を掴んだ男の手を捻じり上げると、素っ頓狂な声を上げて襟から手を離した。
もっとも、手を離したのはこの男の不注意でも自由意志でもない。俺は以前教わった日本に伝わる護身術を使ったので、放さざるを得なかったというのが正しい。
当然、武術だから痛みも伴う。
スキンヘッドの男は、俺に手を掛けたほうの親指の関節は脱臼しているはず。
少しやり過ぎた。
「オイ! 待てよ!」
金髪の大男が俺に声を掛けてきた。
振り向くと、手にナイフを持っている。
他の二人も。
面倒な連中だ。
「なにがしたい」
俺は男に聞いた。
「オメーのケツに、用がある」
そう言ってニヤッと笑う。
汚い笑顔。
「あいにくだな、俺のケツは汚いものを好まない。排水管にでも突っ込んで処理しろ」
「なめんなよ、チビ!」
親指を脱臼させてやったスキンヘッドの男が、いきなりナイフを持った手で飛び掛かってきた。
俺はスウェイバックして、その腕をかわし、伸びた手を掴み逆関節に投げ飛ばすと、まるで投げたボールのように道端に置いてあるゴミ箱まで転がって行った。
「ヤロー!」
黒髪の男が真直ぐに襲ってきた。
今度は小刻みにナイフを横に振る。
腰が引けていて、おかしな格好だ。
「ビビッてんのか?」
俺が言った言葉に反応して、男が踏み込んできた。
そのタイミングで、横から来た手を掴み下に捻じると、男は俺に目の前で大きく弧を描くように仰向けに倒れた。
俺は倒れた男の股間を踏み台にして、残った金髪の大男の前に立って聞く。
「さあ、どうする?」と。
男が俺の腹を目掛けてナイフを突いてきたので、今度はその手を順手に回し、背中を向かせた後、逆手に捻じり上げる。
背丈が違い過ぎるので、捻じり上げると言うよりも、突き上げると言う方が正しい。
男が痛さで仰け反ってバランスを崩したところを、お構いなしに突き上げたまま前に走り、その顔面ごと壁に叩きつけると“ゴキッ”と肩関節の抜ける音がして「ア“ーッ」と悲鳴を上げた。
背後から向かってくる気配を感じて振り向くと、黒髪の男がナイフを両手に持ち突進して来ていた。
俺は直ぐに黒髪の男に向かって素早く一歩踏み出すと、その足をそのまま前に滑らせるように身を沈め、もう一方の足を絡めて挟む。
俺のカニ挟みを喰らった黒髪の男は、前のめりにバランスを崩し、目の前にいる金髪の大男に向かって倒れ込み、持っていたナイフをその尻に刺してしまう。
“ギャー”という断末魔の叫び声を背中に、俺は路地を進み目的の場所を探す。