【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験⑦】
ハンスの手を取り、起き上がる。
「結果は?」
「まだだ」
広い道場を後にして、次に連れて行かれたのは薄暗い倉庫の前。
ギャラリーは居ない。
ハンスと俺の二人だけ。
失うものは何もない。
そう思っては居たものの、いざこういう所に連れて来られると操の危険を考えてしまう。
「入れ」
一瞬躊躇して立ち止まった俺に、冷く言った。
ここに来て今更自分を女性だと思い出しても仕方がない。
これも試験ならと腹を括り、覚悟を決めて倉庫の中に入る。
中に入ると、ハンスが後ろのドアをゆっくりと閉め、そして鍵が掛かる。
“カチャリ”と言う金属音が、まるで氷で作られた鋭利なナイフのように胸に突き刺さり、ハンスが道着を脱ぐ。
そして俺にも「脱げ」と言う。
言われるまま、俺は着ていた武道着の帯を解く。
ハンスは武道着を脱ぐ俺の様子をジッと見つめている。
密室になるとグラウンドで背を向けた、あの紳士的な行動はとらないのか?
サオリたちとの生活を経験してしまった俺にとって、その視線は耐え難いもの。
俺はハンスの目から逃れるように、瞼を伏せて脱いでいった。
武道着を脱ぎ終えた俺が、来ていたTシャツの裾に手を掛けたとき、ハンスの手が胸に近付いて来る。
そして、胸にあたる。
驚いて胸元を見ると、あたったのはブルーの作業着。
「これに着替えろ」
渡された服に着替え始めると、ハンスも同じ服を着だす。
服を着替え終わると、ハンスはドアの鍵を解き、ゆっくりと開き始める。
ガヤガヤと人の声がする。
「お前たち、いい加減にしろ。モンタナ、こいつらを連れて特別メニューだ」
「了解!」
ハンスの声に応えたのは、あのモヒカンの声。
「確り楽しんだあとだ。ブラーム、こいつらに戦場の夢でも見させてやれ」
「了解、ボス!」
今度の声は、あの黒い男。
「持ってきました」
次の声は聞き覚えがない。
「ご苦労、下がってよし」
台車の音とカタカタと鉄同士のぶつかる音。
ハンスが持って来た台車の上には何丁かの銃があった。
「動作確認とクリーニングをしろ」
ハンスが手に取ったのは、その中の2丁。
置かれたのはアサルトライフルのHK-416と、拳銃のP320。
「この2丁の動作確認とクリーニングを1時間以内で終わらせろ」
無茶だと思った。
AK-47やM-4、M-16ならお手の物だが、HK-416とP320なんて撃った事すらない。
とりあえず、やるしかない。
先ず一通り動作確認をする。
HK-416は何かが詰まっている。
P320は酷いカーボン付着だ。
「クリーニング材は?」
「そこにあるグリスとウエスだけでやれ」
先ずは基本的な症状のP320を片付ける。
クリーニング材が無い以上、時間内にと言うことになると使えるものは限られる。
爪では柔らかくて時間が掛かる。
歯だ。
温かいお湯も無いところでは、暖かい唾が使える口が手っ取り早い。
直ぐにP320のクリーニングを済ませ、それからHK-416に取り掛かった。
ばらしてみると、普通ではありえない症状。
細かい砂に、泥。そしてカーボンに粘着性の物質。
明らかに、わざと汚すために工夫されている。
しかし、人工的な汚れは意外に簡単に復旧させることが出来る。
それは、傷が入っていないから。
動作中に砂が入って動かなくなる場合にはどこかに傷が入り、その傷の箇所によっては、部品交換が必要となる場合もある。
「出来たぞ」
「OK、ではその銃を持って射撃場に行く」
 




