【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験⑤】
だらりと下げられた両手。
棒立ちの足。
穏やかに俺を追いかける青い瞳。
俺は地球を周る月のように、一定の間合いを保ちながら用心深くステップを踏みながらハンスの周りを回る。
「ファイト!ファイト!」
レフェリーのトーニが俺とハンスをけしかけるが、ハンスは微動だにしない。
そして俺もステップを踏み続ける。
「いよーネーチャン!踊るんだったら、もっとケツをこうクネクネさせてくれー!」
「いいケツしてんだから、もっとサービスしろよー!」
「なんなら俺様がベッドで、もっと色っぽい踊り方教えてやろうか?」
「そりゃあいいや、こいつは上玉だからな!」
ギャラリーが揶揄うように囃し立てるが、このステップを止めるわけにはいかない。
どのような攻撃に出てくるか分からないハンスに対して、一瞬でも動きが遅れてしまうのは命取りになるから。
「4分経過、両者ファイト!ファイト!」
トーニが叫ぶ。
残り時間は、あと1分。
ハンスは本当に攻撃してこないつもりだろうか?
三人と闘うこのルール。
既に二人に勝っているのだから、普通に考えればもう合格ではないのか?
それなのに、この三試合目が有るということは、三人に対して完全勝利しなければならないのかも知れない。
ここは引き分けではマズイ。
そう思って、なんとか攻撃の手段を考える。
“足蹴り”
足蹴りの場合だと、フェイントに使うにしても、その間片方の足に重心の全てが掛かるため、咄嗟の判断を要するときに行動が遅れる欠点がある。
あの黒い男のように、長射程の足を持つのならまだしも、俺の場合はハンスよりも小さいから射程が短い。
あの黒い男を護身術で簡単に倒したのだから、俺の攻撃も簡単にあしらわれるのがオチだ。
まして、既に不用意なローキックでバックを取られて無様に逃げている。
“パンチ”
パンチに関しては、護身術の世界では基本中の基本だ。
ハンスがその道のスペシャリストだとすると、どのようなパンチ攻撃にも対処するだろう。
“頭突き”
攻撃力は最も高いが、超接近戦に持ち込む必要がある。
果たしてハンスが懐にスンナリと入らせてくれるとは到底思わない。
……。
いや、ひとつ手が有るかも知れない。
相手に勝とうとしない技を仕掛けることだ。
サオリが良く言っていた“相手に勝とうと思えば思う程、負けに近づいて行く”と。
俺は作戦を考えた。
先ずハンスを誘い出すために、始めから倒す目的の無いパンチを繰り出す。
そして、そのパンチを折りたたみハンスの最も防御力の高いはずの胸を目掛けて体を預けるようにエルボーを撃つと見せかけて懐に飛び込み、最後に顎に向けて頭突きをお見舞いする。
「あと30秒!両者ファイト!ファイト!」
冷静にシュミレーションしてみる。
俺が繰り出すパンチに反応して、腕を取るため前に出てくる。
ところが、その腕は折りたたまれエルボーとなり、出て来たハンスの胸に飛び込む。
当然ハンスは小柄な俺の肘を取って捻りに掛かるため上体を起こす。
肘は掴まれるかも知れない。
だけど予め頭突きを撃つ用意をしていた俺の方が、一瞬早くハンスの顎を捉えるはず。
「あと15秒、ファイト!」
もし失敗しても、逃げ切れば負けはない。




