【昔、中東紛争地域】
サオリの部屋でアルバムを見せてもらってから、思い出したことがある。
それは、私が物心ついて間もない頃の事。
石を積み上げてその上に板を張っただけの粗末な家。
床なんてものはなくて、家の中も地面のまま。
その地面の上に置かれたテーブルと椅子、それにベッド。
それが昔のヤザの家。
女がいた。
若い女。
綺麗な女だったかどうか顔までは思い出せないが、私には優しかった。
他に兄妹も居なかったので、私を実の子供として可愛がってくれたのかも知れない。
今思えば、この女はヤザの奥さんだったのかも知れない。
そして、この頃はまだ、ここも平和だった。
その頃のヤザが何をしていたかは分からないけれど、毎朝どこかに出て行って日が西に傾く頃には帰って来ていたので、屹度どこかで働いていたのだと思う。
ヤザも最初は優しかった。
毎晩の夕食も一緒にテーブルで食べていたし、よく笑っていた気がする。
寝つきの悪かった私に、彼女は良く絵本を読んでくれた。
読んでくれるのは、いつも同じお話し。
どこかの王子様が毎晩違う女と寝て、目が覚めると、その女を殺す話。
ところがある晩やって来た女は寝る前に、王子に物語を聞かせる。
そして王子がお話に夢中になった頃「この続きは、また明日のお楽しみ」と言って寝てしまう。
王子はお話しの続きが聞きたくて、毎晩毎晩女の話を聞き、そして女を殺すことさえも忘れてしまう。
なんの本か覚えてはいない。
私は、そのお話を毎日聞きながら言葉や文字を覚えた。
女がいつから居なくなったのかは、正確に覚えてはいない。
ただ女が居なくなったときから街は瓦礫に覆われていて、そしてヤザも笑わなくなり、変わってしまった。
いつも埃だらけで酒臭く、時には血の匂いさえした。
いつも何かに怯えているようにビクビクして、大きな音がするたびに居なくなった。
静かな夜でも、気に要らないことがある度に平気で私のことを殴る。
瓦礫なのか家なのか分からない部屋には、いつしかテーブルも無くなり、食事もない。
私は生きるために物乞いをして、生きるために盗んだ。
遊び道具と言ったら重い鉄の塊。
バーを引張るとガチャリと音がして、指で引っ張るとカチッと音がする。
そう、それが銃とも知らずに。




