【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験④】
次の対戦相手はハンス。
モヒカンや黒い男に比べると、スマートな体型をしているが、俺はこの男が一番強いと睨んでいる。
「少し休憩をとるか?」
二試合立て続けにやらせておいて、今更休憩も無いだろう。
しかしグラウンドの時、服を脱ぐ俺に背を向けたり、休憩を入れるかと聞いてきたりと意外に紳士的なやつだ。
「かまわない。続けよう」
「わかった。トーニ、審判できるか?」
さっきから一番口数の多かった男にハンスが聞く。
「出来るのは出来ますけれど、僕ちゃんが食べやすいようにチャンとこの女の子をおネンネさせて下さいよ」
その言葉に静まり返っていたギャラリーが再び笑った。
畳の上で向かい合う俺たちにトーニがルールを改めて説目し、その最後に俺を覗くように「いいかいお嬢ちゃん。試合時間は5分もあるんだぜ、もう少し観客を喜ばせる工夫もしてくれなきゃチップもはずまないよ」と揶揄い、その言葉にギャラリーたちが「服を脱がせちまえ!」とか下品な声を上げて騒ぎ出す。
「そんじゃ、行きますよ」
「はじめ!」
トーニの声を合図に、半歩前に出て直ぐ一歩下がった。
ハンスが如何なる攻撃を仕掛けてくるのか分からなかったので、フェイントをかけたつもりだったが、それをハンスは微動だにしない姿勢で見ていた。
そして両腕を胸の前に構える俺に対して、ハンスの腕は下げられたまま。
戦意さえ感じられない。
“かいかぶり・だったか?”
牽制のつもりで、ローキックを入れてみた瞬間、思いもしなかった動きに慌てた。
振り上げた右足はハンスの手で見事に右に流されてしまい、あっと言う間に横向きにされ、無防備になった脇腹目掛けてハンスのパンチが襲い掛かる。
俺は、それを避けるためそのまま右に回転しながら姿勢を低くして思いっきり逃げた。
脇腹を逸れたパンチが臀部(おしり)に当たるが、お構いなしに背を向けたまま走り、ハンスの足音が追ってこないのを確認して向き直る。
「い~ね~。お尻を触られてキャっと逃げるその姿、可愛かったよぉ~」
トーニの言葉にギャラリーが湧く。
「審判は、言葉を慎め!」
ハンスがトーニ―をたしなめる。
「護身術か」
「そう。お前と同じだが、俺は合気道と呼んでいる」
ハンスが答えた。
広い道場だったから逃げられたものの、部屋の中だとしたら背中を向けた無防備な俺は、今の攻撃で逃げ切れずに負けていただろう。
緩んだ帯を締め直し、元の間合いに戻った。
“どうする?”
結局、護身術同士の戦いで俺は一度もサオリに勝てなかった。
“なぜ”
『だからナトちゃんは、私に勝とうと思って挑んでくるから勝てないのよ』
サオリの言った言葉を思い出す。
今この戦いは俺の入隊試験。
必ず俺が攻撃を仕掛けてくるものとハンスは思っている。
そして、その通りに俺は攻撃した。
しかし、どうだろう。
見方を変えると、このハンスと言う男は、このギャラリーたちの隊長らしい。
部下が二人もノックアウトされて、それを黙って見ていたのでは隊長としての沽券に関わるだろう。
まして女の俺に対してだ。
奴は必ず来る。
そして、俺はその一瞬を狙う。




