【Is Paris burning?(パリは燃えているか)㊹】
人の倒れる音。
メヒアだ。
でも一体誰が!
窓の向こうを見てみると、はるか向こうに見えるのはノートルダム大聖堂。
そしてベルが居たビルの屋上。
“ベル!”
「ナトー。レイラとミューレを頼む! 俺たちは屋上に降りたヘリを押える」
ハンスとブラームが急いで部屋から出て行く。
俺も慌てて、レイラとミューレの方に走った。
レイラはメヒアと共に倒れていた。
外傷はない。
脈もある。
長時間拘束されていた疲れと緊張、それに至近距離を銃弾が通たことのショックで失神しているだけだ。
問題なのはミューレの方。
撃たれているのは無くしてしまった肺とは違う方。
服が破れ、そこから防弾チョッキの繊維がクシャクシャになっているのが分かる。
可哀そうに、この至近距離でマグナム弾を撃たれたら、助かりっこない。
「ナ、ナトーか……」
“まだ生きている!”
慌ててミューレの横に座り、その顔を抱き寄せた。
「ミューレ、確りしろ。メヒアはベルが倒した。もう直ぐ救急車が来るから、それまで頑張れ!」
「ああ、ナトー……温かい……もっと強く抱いてくれ」
言われるまま、ミューレの顔を胸に強く抱き寄せた。
「こうか……? これでいいか?」
「ああ、ありがとう。暖かいだけじゃなく、柔らかくて石鹸のいい香りがする。冥途の土産に触っていいか」
「いいとも」
躊躇はなかった。
力なく持ち上げようとするミューレの手を取り、自ら胸に導いた。
「やっぱり想像していた以上に大きいな。それに柔らかい。スポーツブラか?」
「ああ……」
胸を揉むミューレの手に弱弱しさが無いことに、ようやく気が付いて、防弾チョッキの中を探ると、そこには凹んだ鉄板があった。
「ミューレ」
咄嗟に抱いていた手を離す。
「イテテテテ」
「お前、防弾チョッキの中に鉄板を隠していたな」
「当たり前じゃないか、たった一つしか残っていない肺を撃たれたら、俺の命は終わってしまうだろ」
「じゃあ……」
「そう。前から気になっていたのさ。こんな時でもない限り触らせてくれないだろ」
“パチン”
考える間もなく、ミューレの頬を目掛けて平手打ちをとばしていた。
「ごめん、ごめん。でもな、鉄板のおかげで銃弾が肺には届かなかったけれど、あばら骨はやられたみたいだぜ」
「知らない! 直ぐに救急隊が来るから、おとなしくしていなさい!」
「そんな、殺生な……」
「なにが殺生よ。このエロおやじ!」
屋上の方から、数発の銃声が聞こえて、止んだ。
すべては終わった。
そう思ったとき、不意にメヒアの携帯が鳴った。
恐る恐る、死んで横たわっているメヒアの上着のポケットから携帯を取り出して、通話ボタンを押す。
『Is Paris burning? Is Paris burning?』
聞こえてきたのは、知っている懐かしい声。
俺を育ててくれて、俺を狙撃手にして、そして俺からサオリを奪った男の声……。
俺は、その声の主に返事を返す。
「“No,Paris is a calm day today”(いいえ、パリは今日も穏やかな一日です)」と。
電話の主は、それを聞いてしばらく黙っていたが、そのうちに通話が切れた。
電話に出たのが、俺だと言う事が分かったのかどうかは分からない。
ただ、通話が切れるまで、普通より時間が掛かったのは確か。
その間、相手は何を考え、言おうとしていたのか……
部屋には救急隊員が入って来て、レイラとミューレを担架に乗せていた。
首関節を外されて廊下で倒れている二人については、救急隊員に先ず首をハーネスで固定してから慎重に運ぶように指示しておいた。
ひと段落して、もう一度部屋に戻る。
血に汚れたカーペットにクロス。
銃弾で抉られた壁、穴の開いた窓ガラス……。
窓の外に見えるノートルダム大聖堂。
空が赤く焼け、街のあちこちで街灯に火が入る。
慌ただしく帰り道を急ぐ人々。
「Paris is a calm day today(パリは今日も穏やかな一日です)」
そう呟いたあと、瞳が潤むのが分かった。
何故だか分からない。
潤んだ瞳に映るノートルダム大聖堂が夕日を浴びて、綺麗な朱色に染まっていた。




