【5年前、中東紛争地域郊外、赤十字難民キャンプ②】※性的描写あり
その日も私は夜遅くまで勉強していた。
サオリたちの任期は、長くてもあと1年。
1年経ったらサオリは一旦日本に戻るらしい。
その後のことは分からないらしい、またここに戻って来るのか他所に行くのか、それとも日本に留まるのか。
一緒に行きたいとお願いしたことがある。
サオリは少し考えて、じゃあ日本語も覚えなくっちゃ駄目ねと言った。
それで私が直ぐに教えて欲しいとお願いすると「駄目よ、まだ英語も完全じゃないのに」と言われた。
「じゃあ、英語が確りできるようになったら教えてくれる?」そう尋ねると「いいよ」と言ってくれた。
でも確り英語が出来るようになってから日本語を教えて貰っていたのでは、サオリの任期内は間に合わない。
だからミランに頼んで、コッソリ日本語の本と解説書を借りていた。
だけど今夜、その解説書を探したが見当たらない。
昼休みに処置室で勉強した時に忘れてしまったのだろうと思い、処置室を探したがここにも無かった。
屹度ミランが片付けてくれたのだろうと思って、ミランの部屋を訪ねようと思った時、処置室の奥にある医務室から人の気配を感じた。
小さな明かりも漏れている。
“こんな夜中に急患かしら?……それとも、泥棒?”
医務室には消毒用のアルコールがあるので、たまに泥棒に入られるから近づくなと以前ミランから注意されたことがある。
それなら泥棒を取り押さえて捕まえれば良いのではないかと言ったら「キャンプ内で犯罪者は出したくない。管理さえキチンとしておけば、侵入したとしても盗むことは出来ないから大丈夫。それよりもどんな武器を持っているかも知れない泥棒に対峙してしまう方がリスクは大きい」と返された。
だから、この時も放っておいて帰ろうか思った。
しかし、なにかその場を離れさせない物を感じて、逆に医務室に近づいてしまった。
少し近づくと、医務室から甘いピンク色の暖かい空気が漏れている気配がして、何だろうと思い足音を忍ばせて近づく。
いくつもの修羅場を潜ってきて、たいていのことには動揺しなかったはずの心臓が、妙にドクドクと波打つ。
医務室の前で立ち止まると、そこにある丸窓が中からの蒸気で曇っていた。
ドアに、そーっと手を掛けて少しだけ開くと中からサオリの苦しむような声が聞こえる。
いつもなら“どうしたの!?”と声を掛けるはずの喉がカラカラになって言葉が出ないばかりか、呼吸も苦しくてなにも考えられない。
そーっと中に入ると手前から三つ目のベッドだけに小さい明りが灯されていて、降ろされたカーテンがサオリのシルエットを映していた。
綺麗なボディーライン。
そして、それに重なるもう一つのゴツゴツとした大きなシルエット。
“ミラン?”
そう思った私の心に応えるように「ミラン」と囁くサオリの声が重なる。
吐息のような甘く、切ない声。
重なった影が何度も揺れ、ベッドがギシギシと音を立て、その音に合わせるようにサオリの口から断続的に漏れる抑えた声が部屋に響く。
サオリの腕がミランの背中に回された時、少しだけカーテンが開き、そのわずかな隙間から仰向いてミランを見つめるサオリと、そのサオリを愛おしく見つめるミラン。
二人の顔は、心と体の二つの幸せが重なり合い、愛に満ちているようなホンノリと赤い。
私とのキスでは見せたことがない、喜びに溢れた表情。
サオリとミランが愛し合っているのは最初から気が付いていたし、屹度SEXもしているのだろうとは思っていたけれど、それを目にしたのは初めてだった。
正直SEXには興味があったけれど、その反面汚らわしく思っていて、一生純潔を通したいと思っていた。
子供の頃、瓦礫の街で幾度となく見た娼婦たちが行うあの忌まわしい行為を見て育っていたから。
ヤザは良く娼婦を買い、その娼婦を汚していたし、娼婦の方も汚されることを何とも思っていなかった。
だからサオリたちも、そういう行為をどこかでコッソリと行っているかも知れないと思うたびに、少しだけ嫌な気持ちになり軽蔑さえしていた。
だけど今、目の前で行われているSEXは、私が思っていたそれとはまるで違っていて、サオリの甘く切ない声や吐き出される二人の吐息、そして熱までもが温かな愛で優しく包み込まれた美しい世界だった。
私は、来た道を来た通りにそっと戻る。
まるで自分の時間を巻き戻すように。
それは二人のSEXを見なかった事にしたかった訳ではなく、二人の愛の世界へ不意に立ち入ってしまった足跡を消したかったから。
いくら可愛がられているとはいえ、立ち入ってはいけないところもある。
医療用のテントを出て、満天の星を眺めた。
荒廃して草木の無いここの夜は冷たい。
だけど、その冷たい風が焼けるように火照った頬と体を心地よく冷やしてくれる。
私もいつかサオリのように愛する人を見つけ、そして愛されてみたい。
まだ好きな異性は居ないけれど、その日が手の届く直ぐそこまで来ているような気がしていた。
そう思うと、また体の芯からホンノリと優しい熱が込み上げてきた。




