【Is Paris burning?(パリは燃えているか)㉝】
いよいよその日が来た。
リヨン駅をはじめ、各駅には大型の軍用トラックが、ぎっしりと並ぶ異様な光景。
そして凱旋門前にも。
そこを何人もの兵士がプラカードを持ち、人々に呼びかけている。
チュイルーリ公園で行われる予定だったエアガンのイベント場所が、傭兵部隊の演習場に変更になり、その送り迎えを軍用トラックで行うことを。
参加者たちは場所が変更になったことを失望する事も無く、逆に目をランランと輝かせて足早に初めて乗車する軍用トラックに吸い込まれるように乗車する。
満員になったトラックが次々と駅から発車し、乗りそびれた人たちが次のトラックに乗りこんで行く。
「凄いね。作戦は大成功よ。ありがとうねナトちゃん」
ノートルダム大聖堂で待機していたナトーのもとに、現地に居るリズから携帯で連絡が入った。
「よかった。でもお礼はハンスに言って頂戴。テシューブを口説き落とすのに大変だったらしいから」
「あー、分かるわ、あの人面倒そうだものね。でも銃に憧れている人たちを本物の軍事演習場に送るって言うアイディアは流石だわ。これを拒むのは犯人グループだけだものね。本当にありがとう」
リズからの電話を切ると、横に並んでいたトーニが渋い顔で俺を見ている。
「どうした? 配置に着け」
「配置には着くけどよぉ、折角この任務に限り、女性解禁だって言うのに何だよその恰好は……」
「その恰好??」
「ミニスカート履いて脚を出すとか、Tシャツやタンクトップにブラウスの前を開けて胸を強調するとか、もっと女らしくするだろ。それなのにGパンにスモックだなんて色気もない」
「だって、画学生だから。逆に画学生が脚剥き出しで胸強調だなんて、おかしいだろ?」
「だから、なんで画学生なんだよ。恋人とデートを楽しむカップルでもいいじゃないか」
「駄目だよ、カップルじゃあ、同じ場所をウロウロするのには限度がある。画学生ならイーゼルを立ててカンバスに絵を描き続ける限り、同じ位置にいてもおかしくはないだろ」
「釣りを楽しむカップルでも、いいじゃないか」
「この、セーヌ川でか??」
「そう」
「変だろう!?」
「カップルなんて、何をしていても他人から見れば変な物なんだよ」
「いいから、配置に着け。画学生と占い師が、いつまでも話をしている方が“変”だから」
「ちぇっ。なんで俺が占い師なんだよ。インチキっぽさ丸出しじゃねーか」
そう言うと、トーニは通りの向こうに置いてある机の所に移動した。
トーニが去って、ようやくカンバスに筆をおきはじめた頃、爆音を轟かせながら3台のバイクが来た。
「よう、姉ちゃん。俺のバイクに乗って遊びに行かないか?」
ナンパしに来たのはジェイソン、ボッシュ、フランソワの3人。
もちろん俺に声を掛けたのは、親分のフランソワで、バイクは御自慢のハーレーダビッドソン。
「なかなか堂に入っているな。休日は、いつも街へ出て、やっているのか?」
「じょっ、冗談じゃねぇ。……よ、なっ!」
フランソワが慌ててジェイソンとボッシュに同意を求めた。
「あっ、ああ」
2人共、苦しそうに相槌をうつ。
「気が向いたら、声かけてくれ。 さあ、次に行くぞ!」
「OK!」
フランソワたちは、ナンパ目的で訪れたバイクの3人組。
これなら周囲を幅広く警戒できるうえに、いざという時にも迅速に行動がとれる。
「写真撮っていいですか?」
「いいよ」
自慢の日本製一眼レフカメラを持って写真を撮ってくれたのは、メントス。
「風船を、どうぞ」
風船で作った向日葵をくれたのは、風船細工やハンドリングの特技を生かして、大道芸人に扮したハバロフ。
「お嬢さん、絵が上手いねぇ。フルーツジュースは如何かな」
そう言ってジュースを差し入れしてくれたのは、シトロエンのフレンチバスでジュースを販売しているモンタナ。
このバスの中には各種重火器も積み込まれている。
そして差し入れしてもらったジュースを飲む俺の横を走り過ぎていく黒いスウェットスーツの男はブラーム。
「いよう姉ちゃん。絵描きの卵かい?」
そう言ってカンバスを覗き込んできたのは、酔っ払いのオジサンではなくて、パリ警察刑事部長に復職したミューレ。
『上から見ているとモテモテで羨ましいぜ』
「どこを見ているんだ……」
『ちょっとした目の栄養もなくっちゃな』
不意にイヤフォンから聞こえてきた声は、後ろのビルの屋上で狙撃体勢に入っているベルの声。
これで全員配置に着き、テロ組織迎撃の準備態勢は整った。




