【Is Paris burning?(パリは燃えているか)㉙】
内務大臣のローク氏が、全面的にハンスの要求をのむことで我々は籠城を解いた。
エマの制止を振り切って、真っ先に部屋に飛び込んできたのは、リズ。
その手にはキラリと光るものがあり、モンタナとフランソワそれにトーニの3人が、俺の前を塞ぐようにガードした。
リズは俺たちの前で止まり、その手に持つものを振り上げる。
持っていたのはナイフ。
思わず飛び掛かろうとした二人を止めて、俺はその前に出た。
泣いているリズの目が、俺の目と合う。
リズの持ち上げた手が、自分の首にまわる。
俺を攻撃しに来たのではない事は分かっていたが、何故ナイフを持って来たのかまでは分からなかった。
“まさか”
思わず止めようと前に出た俺にリズが叫ぶ。
「待って!」と。
その凛とした声に、反応するように自然に足が止まってしまう。
リズの持つナイフが、自身の首の後ろに回された。
慌てて前に進もうとしたとき、肩をハンスに掴まれて、一瞬躊躇してしまう。
ザクッという音と共に、床に散らばったものは、彼女の長く綺麗な金色の髪と青いシュシュ。
止めるはずの手が、行き場を失い、いつの間にかリズの頬を打っていた。
「馬鹿! なんてことするんだ。もっと自分を大切にしろ!」
リズの乾いた目が俺の目と合った瞬間、湧水が染み出て来るように潤んで行き、リズの体も切られた髪と同じ床に崩れ落ちた。
「ごめんなさい!」
平伏すように、床にうずくまるリズ。
「ごめんなさい。貴女の気持ち一つも考えられなくて……」
「何を言っているんだ、俺の方こそ、君たちの気持ちも分からずにいた。あの日だって俺さえ我慢すれば、本番で見返すような働きさえすれば君たちにも認められると我慢していた。でもそれは屹度間違いだった。俺が我慢することで、連携は崩れ、作戦は失敗するかもしれなかった。ハンスの言った通り、皆がお互いを認め合ってこそ真の連携が取れる。今日俺たちはその事を学ぶことが出来たじゃないか」
崩れ落ちたリズを庇うようにエマが優しく抱き起す。
目の合ったエマが俺に囁く。
「アンタの彼氏、やっぱり凄いね」と。
いつもなら恥ずかしくて否定した気持ちが素直りなり「うん」と、頷いていた。
「さあ、散らかしたものを片付けて撤収するぞ!」
ハンスの号令と共に、DCRIと共同で散らかった机や椅子を片付けた。
帰りの車の中、ハンスは言った。
「トーニやモンタナ達に感謝しろ、そして自分ひとりで問題を抱えるな。困ったこと、苦しいこと、辛いこと、何でも話せ。笑う奴や馬鹿にするやつが居るかも知れない。だけど話せば、屹度心の通じ合う人と出会えるはず。“言葉は心を繋ぐ”」と。
俺は無言のまま頷いた。
だけどモンタナ達の処罰が気になり、全部俺の責任だから5人分の責任を一人で受けたいと申し出ると、ハンスに笑われた。
「何故笑う」
「そう言うところを直せ」
「……」
「今回は、モンタナ達に甘えろ。それが心を開いた人間の取るべき姿だ。まったくお前たちは――」
「お前たち?」
「そう。お前とブラームさ」
「ブラーム?」
「あいつは、モンタナ達と一緒に行かなかった。理由はお前と同じ。本番で見返してやろうと思っているんだ」
「なぜ?」
「それは、あいつも幼い時に両親を亡くして孤児として育ったから、感情を仕舞い込む癖がある。人間として不器用なのかも知れない」
「ハンスは?」
「俺か? ……俺も似たようなものかもな」
ローク氏が直ぐに調査委員会を開いて、今回の事件を調べさせた結果、全てはリズたちの上司にあたる担当課長の一存で決められたことが分かった。
取り調べで明らかになったことだが、その担当課長はかなりのエリートとして知られる人物だったが宗教や人種に対する偏見のあり、今回の事件はその宗教や人種に関係なく採用する傭兵部隊への“嫌がらせ”的な意味合いも有ったことが分かり降格と配属転換の処分が下された。
「さあ、今回の任務は一般人の中に紛れ込んだテロリストを退治する任務だ。徹底的にしごくから覚悟しろ!」
ハンスの号令と共に、俺たちは俺の入隊試験初日に行った模擬戦闘場で日夜厳しい訓練に汗を流すことになった。




