【10年前、中東紛争地区①】
ヤザは酷い男だった、機嫌が悪くなると直ぐに俺の事を殴っては憂さを晴らし、そして俺に酒を盗みに行かせる。
しまいには、酒だけでは飽き足らず、薬にも手を出した。
もちろん奴に薬を買う金など無い。
だから俺は、薬の密売人を探しては脅して、その薬を奪う。
もちろん簡単に薬など渡すわけもなく、殆どの場合殴りかかって来るかナイフを振り回し襲ってくる。
いくら無法地帯に近いとは言え、そうそう銃は使ってこない。
一応、警察の端くれみたいなものは居るし、銃を撃つことによって顔が売れてしまうのを密売人たちは恐れているから。
俺はヤザから教わった格闘技ってやつを駆使して、奴らを倒す。
子供だからと舐めてかかってくるのと、意外に大人ってやつは動きが遅いから慣れてしまえば楽勝だった。
密売人を探して倒すのは、いつも俺の仕事で、そうすることが当たり前に生きて行く姿だと思っていた。
この頃の、俺の日常と言えば銃を撃つ事と、密売人を襲うこと、それに喧嘩しかなかった。
あとは運が良ければ餌にありつけて、寝る事だけの繰り返し。
ヤザと俺は仕事があれば真っ先に銃を手に、その先頭に立って戦った。
先頭に立てば、それだけ報酬が上がる。
俺は前進するヤザをいつも援護してやった。
射撃は得意だ。
ヤザが生き延びているのは、俺の援護のおかげでもある。
ある町の戦闘でヤザは孤立して12人の中東軍正規兵に囲まれた。
四方から銃撃され、遮蔽物に蹲るヤザは泣き叫ぶように神の名を口にして、援護を求めた。
俺はヤザを助けるため、走りながら10秒のうちに12人の兵を倒して救ってやった。
奴のところに行くと、奴は小便を漏らしていやがった。
倒した兵士から武器と金品を奪う。
戦闘報酬と略奪こそが、俺たちの収入源。
12人目の兵士には未だ息があり、俺たちに助けを求めていた。
さっきまで泣き叫び、小便を漏らしていたヤザがニヤニヤ笑って、そいつにとどめを刺すのを何も思わないで略奪の作業を続けていた。
死んだ兵士の返り血が俺の頬に飛び散り、俺はそれを手ですくって舐めた。
稼いだ金は、奴が全部使ってしまう。
返り血でも俺にとって栄養になる。
あるとき、多国籍軍の狙撃兵が潜む街に駆り出された。
敵の優秀な狙撃兵により、仲間が7人も路上に横たわっている。
その上、我々の狙撃兵も既に5人が遣られていた。
幹部たちは、建物の窓を閉め切り神の名前を連呼していた。
暫く姿を消していたヤザが、5歳くらいの男の子と手を繋いで現れた。
俺には見せた事も無い優しい笑顔で、その子を抱き上げ俺の顔を見下すが、羨ましくも何ともない。
俺が目を背けると、ヤザは俺の顎を無理やり掴み「見ろ!」と命令する。
そして、その子に向けて優しい顔で言った。
「向こうで、お昼寝しているオジサンのポケットの中から、紙きれを探して取ってくればチョコレートを好きなだけあげるよ」と。
男の子は嬉しそうに「ありがとう!」と笑顔で答え、倒れている男に向かって一目散で走って行く。
俺は何故だか、一瞬その子に手を伸ばせたが、その手は奴によってピシャリと叩かれて届くことはなかった。
代わりにヤザは俺の頭を掴むと、走って行く子供の方に向け「よく見ていろ!」と言う。
男の子は、誰も通らない通りをさも愉快そうに走り、倒れている兵士の横に座る。
そしてポケットの中を探り、紙きれを探し始めた。
俺の頭を掴んだまま、ガザが俺に言う。
「手じゃねえ、見るのはあの子の頭」だと。
幾つかのポケットを探し、男の子が紙きれを見つけ、それを得意そうに奴に見せるため腕を上げた。
チョコレートが貰える嬉しさで、この上もない程の笑み。
なにも疑ちゃぁいねえ、純粋な子供の笑顔。
次の瞬間、男の子の側頭部から赤いものが噴き出して、横の地面に砂ぼこりが上がる。
コンマ数秒遅れて「パン」という乾いた発射音が響く。
「掴めたな!?」
ヤザが俺に確認した。