【Is Paris burning?(パリは燃えているか)㉑】
出発当日の朝、レイラと入念に打ち合わせをした。
「万が一相手に撃たれそうになったら、命乞いでも何でもいいから少しでも時間を稼いで、そうすれば後ろの車に乗ったナトーちゃんが助ける手はずになっているから」
エマの説明にレイラがニッコリ笑う。
「ナトちゃんが居てくれれば、問題はないわね」
「あと、腕にこれを着けて。絶対に外さないでね」
リズがケースから腕時計を取り出して、レイラの腕に巻きながら言った。
「これは?」
「これ見た目はただの腕時計だけど、中には超小型の信号発信機が仕込んであるの。だからこれを腕に着けていれば、携帯電話の電波が届く場所なら何処に居ても、貴女の居場所が分かる仕組みなの」
それから腕時計に隠された機能の説明を始めた。
「このボタンでカレンダーをセットして、ダイヤルを回してセットキーとリセットキーを同時に押すことで決行日と時間を知らせることが出来るの。それと日付との照らし合わせで場所を知らせて頂戴。日曜日ならノートルダム大聖堂、月曜日ならエッフェル塔 、火曜日はルーヴル美術館 ――その他なら土曜日」
時計の説明を一緒に聞いていた時にエマが不意に俺の時計を見て言った。
「前から気になっていたんだけど、ナトちゃんっていつもボーイッシュなのに、その腕時計ってレディースの有名ブランド品よね」
「そうそう。それも女の子なら誰もが憧れる超有名ブランド! 高かったでしょう」
エマの言葉に吊られて、リズも俺の時計を見る。
「ああ、これは――大切な人の形見だ」
「形見って??」
それはまだ俺が赤十字の難民キャンプに居た頃にサオリたちと街に行ったとき、産まれて初めて美容室でカットとお化粧をしてもらうことになった俺に待ち合わせ時間が分かるようにとサオリが貸してくれた時計。
「そのサオリって人は?」
「爆弾テロに巻き込まれて」
「……そう。大切な物だったのね。ごめんね有名ブランドだなんて浮かれちゃって」
「いい。もう、戻って来ない昔のことだ」
「それで肌身離さず、いつも着けているのね」
「きっと、ナトちゃんに着けていてもらいたかったのよ」
いままで話を聞いていたレイラが言った。
「ありがとう」
「レイラの次は、ナトちゃんよ。銃は用意してきた? なかったら貸すよ」
「ああ、用意してきた」
俺はバックから用意してきたワルサーP22 Target 127mmバレルモデルを取り出すとエマが“おー”と歓声を上げた。
「なに? その意味ありげな“おー”は」
「いえね。ナトちゃんがどの銃を持ってくるか、リズと賭けをしていたの」
「酷いな……で、結果は?」
「もちろん私の勝よ。リズはS&W M295の予想だったから」
「しかし、良く当てられたな」
「だって、ナトちゃんの事なら体の隅々まで知り尽くしている私だもの、どこにホクロがあるとか、どこが弱いと……」
俺は慌ててエマの口を塞いだ。




