【Is Paris burning?(パリは燃えているか)⑲】
DGSE本部、エマのオフィス。
「リズたちDCRIの協力で、ナトちゃんの暗殺計画は一応頓挫したとみていいでしょうね」
エマは用心のために“一応”という一言を付け加えたが、そもそも俺の暗殺計画自体の本気度は薄かったと思っていた。
なぜなら、それはザリバンにはヤザがいるから。
ヤザは決して俺を暗殺などしない。
もしも本当に殺す気なら、ヤザ本人が出てくるはず。
「どうしたの?」
「んっ? なんでもない」
「そう……。そこで、次の問題はレイラの奪還と、ノートルダム大聖堂の爆破の日にちね」
たしかにDGSEの一部と、DCRI、それにRIDOのベル班とパリ警察にLéMATだけでは、24時間体制を取るにしては限度がある。
「万全の警備体制を取るのなら、戦力を集中させる必要があるけれど、決行日が分からない事には難しいわね」
「俺を暗殺しようとしていた奴らは、決行日を知らなかったのか?」
「残念ながら彼らは金で雇われただけで、ザリバンの人間ではなかったようよ」
「じゃあ、打つ手なしか」
「いいえ、ひとつだけ手があるわ」
「ひとつだけ?」
「そう。密偵を送り込むの」
「密偵――まさか!?」
「そう。そのまさか」
「駄目だ。留置場の中とは言え、折角正気を取り戻して平和に暮らしているというのに!」
エマが密偵として送り込むと言うのはレイラのことだ。
レイラなら敵も奪還を考えているはずだし、敵の手に渡ればノートルダム大聖堂爆破作戦を担っている組織の中枢に潜り込むことも簡単にできるはず。
しかし、今のレイラにとって、この任務は酷だ。
「やめろ。レイラが駄目になる」
「そうよね、私もそう思っていたの。だけど、これはそのレイラ自身が言い出したことなのよ」
「レイラ自身が? ありえない」
真意を確かめるために、エマと二人でレイラに会いに行くと、いつものように優しくて穏やかなレイラが出て来て話した。
「ザリバンが私の奪還を考えている事は言われなくても、あなたたちに捕まったときから分かっていたわ。だって私はハイテク女子だから」
そう言って、穏やかに笑う。
「でも、DGSEの収容施設に居る限り、ザリバンは手も足も出ないわ。ここのセキュリティーって強力ですもの」
そこまで言ったあと、レイラの表情が厳しく変わった。
「テロリストが、捕まった幹部を救い出す方法はハイジャックよ。そしてそれはこのセキュリティーの厳しいヨーロッパじゃなくても、世界中何処だっていいの。アフリカでもアジアでも南米でも、百数十人の命と私の命を天秤にかける。私を出さなければ、その人たちは死ぬの……だから、私は生きているべきではなかった」
「そんなことは無い! 生きているべきでない命など、この世の中に存在はしない」
「ナトー……あなた優しいのね」
多くの多国籍軍の兵士を殺してきた過去のある俺を知らないのだろう。レイラは、その俺に“優しい”と言う。
俺は返す言葉もなく、ただ俯くだけだった。




