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【アルバム:5年前、中東紛争地域郊外、赤十字難民キャンプ】

挿絵(By みてみん)

 サオリのテントでアルバムを見せてもらった。

 最初、サオリから「ナトちゃん、私のアルバム見せてあげるから、おいで!」って言われたので意味が分からなかった。

 私の知識ではアルバムとは『閉じたもの』『幾つかのものをまとめたもの』と言う認識しかなかったので、何かを収集しているのだと思っていた。

 ベッドに座っていると、サオリが一冊のファイルを見せてくれた。

 そのファイルの一ページ目には、見た事も無い部屋の中にいる赤ん坊の写真があった。

 その隣には、これも見たことのない服を着た男女が、その子を抱いている写真。

 後ろに移っている建物も、大きな小屋のように見えるが、小屋にしては立派過ぎる。

「これ……?」

「可愛いでしょ。この赤ちゃんが生まれたばかりの私よ」

「じゃあ、この大人の男女は?」

「お父さんと、お母さん」

「じゃあ、後ろの建物がサオリの家?」

 そこまで言うと、サオリがケタケタと笑い「それは私の家じゃなくて、神社よ」と言った。

「ジンジャー?」

 不思議に思って聞いたのに「そこ、伸ばさない。ショウガになっちゃうじゃない」と、大笑いされた。

「ジンジャーではなくて、ジンジャ。日本語で、神様の社……社と言うのは家だと思っていいよ。つまり神様の居る家が神社なの。日本ではね、赤ちゃんが生まれて百日が経つと神様に会うために神社に行くのよ」

「これが、メッカなんだ」

 真面目な顔をして、写真を見ている私の顔を覗き込んだサオリがまた笑うので、正直ウンザリして軽く睨む。

「神様の聖地ではなくて、モスクとか教会みたいなものよ」

 それからページを捲って行くと、小さなサオリが少しずつ今のサオリになって行く様子が写真で綴られている。

「これは!?」

 二枚の写真に目が釘付けになった。

「あー。これは家族で遊園地に行ったときのものよ。これが観覧車で、こっちはメリーゴーランド」

「遊園地……観覧車……」


 物心ついた時にはヤザの家にいた。

 どこで生まれたかは知らないし、両親の顔も覚えてはいない。

 けれども薄っすらとした記憶の断片は残っている。

 大きな家に乗ると、それが空へ上がって行き、廃墟ではない緑豊かな街がどんどん広がって行く空の上から見た景色。

 家の中には音楽が流れていて、広い部屋は椅子と窓で出来ていて青い空が綺麗に見えた。

 馬の記憶もある。

 柔らかくて甘く温かなものに抱かれて、綺麗な飾りのついた大きな馬に乗った。

 馬はオルゴールのリズムに合わせ、楽しそうに跳ねるように群れの中を駆ける。

 太陽のように明るく輝く長い風をなびかせた先頭の馬に乗る子供が、しきりに私の方を向いて手を振る。

 記憶の中にあった情景は、この遊園地なのではないかと思った。

「私、ここに行ったことがある」

「楽しかった?」

「いや、今までこの記憶が何なのか分からなかった。でも、これは屹度遊園地に行ったときの記憶」

「話してくれる?」

「うん」

 私はそう言って、空へ上る部屋とリズムに乗って駆ける馬の話をした。

 私が話し終わると「きっと、ナトちゃんがまだ赤ちゃんだった頃に、家族と行ったんだね」と言って、髪を撫でてくれた。

「家族?……」

「そう。ナトちゃんの本当の家族」

 そう言われると、急に鼻がツンとなり涙が出て来た。

「泣いて良いよ」

「ありがと……」

 開いてくれた胸の中に静かに顔を埋めると、サオリが背中を摩るようにして抱いてくれた。

「もう一度、家族が欲しい」

 胸の中で泣きながら言った。

「今にきっと見つかるわ……」

「ねえ、サオリ。私のお姉さんになってくれる?」

 胸から顔を上げてサオリの表情を窺うと、ニッコリ微笑み返して「いいよ」と言ってくれた。

 嬉しくて、その体を押し倒して上になると「駄目よ」と言われた。

 今、好いと言ったばかりなのに。

 気落ちしてしまった私の顔を、覗き込むようにしてサオリは笑って言った。

「お姉さんのほうが上でしょ」

 そう言って、体制を変えて上になる。

「ねえ、今晩ここで――」

 言葉の最後を、サオリの唇が塞いだ。

 テントの外。

 甘い夜を満天の星が彩っていた。

挿絵(By みてみん)

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