【Is Paris burning?(パリは燃えているか)⑭】
射撃場近くの小高い丘の木陰に座った。
「立証してみせたな」
「すまない」
「いいさ、これで俺もスッキリしたよ。今までのメダリストであった肩の荷がこれで降りた」
「肩の荷が下りた? 辞めるつもりか」
「ああ、前から思っていたんだけど、紙の的しか撃てない狙撃手は用無し。……そうだろう?」
「本当に、紙の的しか撃てないんだったらな。だがベル、君は甘い」
「甘い?」
「そう。君たちが撃つのは“犯人” つまり既に人を殺しているような、撃たれてもおかしくはない人間だ。そして、その犯人が狙っているのは君ではない他の人物。たとえ外したところで君自身が撃たれることは先ず無い」
「……たしかに」
「法にのっとった、いわば死刑執行人。決して外すことのない君の辛さは分かる。だけど、俺たち“戦争屋”は違う」
「すまない、あのときは言葉のはずみで――許してくれ」
「かまわない。君たち死刑執行人と、俺たち戦争屋の大きな違いは何処だと思う」
「そりゃあ簡単さ、さっきお前が言った通り俺たちが撃つのは犯罪者限定。そしてお前たちは敵であれば誰でも撃つし、敵からも常に撃たれる危険がある。特に狙撃手同士での戦いになると、外すことは相手に順番を回してやることになり、すなわち死を意味する。……違うか?」
「たしかに、その通りだ。俺たちは撃てと命令されれば、恋人からの手紙を読んでいる新米の兵士だって撃つし、場合によっては戦争の意味も知らない幼い子供だって撃つ。犯罪者じゃない。ただ自分たちにとって安全な存在か、そうでないかだけの身勝手な理由だ。ただ、徹底的に違う箇所がある」
「徹底的に違う?」
「そう。俺たちには敵を即死させる必要は全くない。要人暗殺任務以外では、撃たれた相手が1時間後に死のうが1週間後に死のうが、死なないで除隊しようが構わない。必要なのは相手が戦力にならなくなればいいだけ。要人暗殺にしても最終的に撃たれた傷で死ねばいいだけ。相手がどれだけ苦しもうが知った事ではない」
「……」
「だけどベル、君たちは違うだろ。犯人の銃を持つ手から銃を奪えと言われれば確実に銃を奪うし、射殺命令が出ればどんな極悪非道の犯人にさえ、苦しみを与えないように即死させる。俺たちが8点でも許されるところ、君たちは常に10点が要求される。だから9射目に10点を外したとき悔しがった」
「ああ、ありがとう。そこまで俺のことを分かってくれていて嬉しいよ。これで俺も心残りなく引退が出来る」
そう言ってベルは遠い空を見た。
丘に噴き上げる風は澄んでいて気持ちが好い。
「――本当に、それでいいのか?」
「いいさ……」
「本当に、犯人の死を部下に委ねてもいいのか? 部下が常に100パーセント10点の射撃ができると言う自信は持てるのか? 部下の感情や体調の管理まで把握できるのか? 部下の中に君以上の人間は居るのか?」
「……受けるよ」
ベルは遠い空を見上げたまま言った。
「えt!?」
「今回のパリの任務、受けさせてくれ」
「いいよ」
俺の言葉にベルが振り向いて、はにかんだ。
「自分から頼んでおいてなんだが、条件を一つ付けさせてもらえないか?」
「なに?」
「パリの任務が終わったあと、もう一回勝負がしたい」
「いいよ」




