【Is Paris burning?(パリは燃えているか)⑬】
「なんだこりゃ? これ本当に置くのか??」
「軍曹が置けって言うんだから、そうなんだろ」
「って言ってもよぉボッシュ、これじゃあまるで夜店の射的じゃねえか?」
「そりゃそうだ。トーニ、スイッチ入れるのを忘れるなよ」
「あいよ」
「10射目! なを、ここで差が付かなければ、これ以降サドンデスに入る」
「引き分けは無しだとよ、折角イーブンで来たのに残念だったな」
ハンスに聞こえないように、ベルが俺を見て囁いた。
そのあと、的が上がった。
「なんだ、あれは!?」
それまで傍観していたミューレが驚いたように大きな声を上げた。
無理もない。
的として出てきたのは、シンバルを持った猿の玩具。
ベルがチラッと俺を見てニヤッと笑う。
「10射目、ナトー、はじめ!」
スコープ越しに見えるのは、玩具の猿の顔。
その額には、10点のシールが貼られていて、猿がシンバルを打つ時に微妙に上下に跳ねるし振動で左右にも動く。
今迄の動かない的とは違うが、この的の意味するところは、それだけではない。
“パンッ”
発射音と共に、猿の玩具が台から転がり落ちる。
それを、的係のトーニが再び台の上に置く。
弾が当たった衝撃か、落下した衝撃なのかは分からないが、玩具の猿はもうシンバルを打ち鳴らさないしキイキイと叫びもしない。
「ナトー、10点」
ニルスが得点を告げた。
次は、ベルの番。
「10射目、ベル、はじめ!」
ハンスの号令から3秒が経つ、今までならベルが引き金を引いて、撃っていた時間。
ベルは必ず3秒後に撃っていた。
ところが、今はどうだ。
撃たないどころか、今まで汗ひとつ書かずに涼しい顔をしていたベルの額には流れるような汗。そしてその顔は苦しみに耐えるように醜く歪んでいる。
「5秒経過、2、3、4」
ハンスが超過時間、つまりペナルティーを告げ始めたころ、ようやくパンと言う発射音が響いた。
衝撃で額に溜まった汗が飛び散る。
的の5メートルほど手前に立ち上る砂ぼこり。
シンバルを鳴らし続ける猿。
その猿がキイキイと鳴いたとき、ニルスが得点を告げた。
「ベル、マイナス4点で試合終了」
「最終得点はベル選手85点対ナトー選手99点、よってこの試合はナトー選手の勝利とする」
ニルスに続いてハンスが勝負の結果を告げると、ベルが仰向けになり肘で額を覆った。
「なにか異議は有るか?」
ハンスが聞くと「異議なし」とベルが言った。
エマたちが拍手して祝ってくれるなか、テシューブだけが不機嫌な顔をしてその場を後にした。
「キミ、事務長さんに、そうとう嫌われているみたいね。何かしたの?」
聞いてきたエマに、最初からだと答えると、なんとか関係を改善させておかないと“地獄の戦場”に派遣されちゃうよと言われた。
「地獄の戦場?」
丁度俺がエマに聞き返したとき、ベルが俺の名前を呼んだ。
「ナトー! ちょっといいか」
振り返ると少し離れた所にいたベルが、指でこっちに来るように合図した。
「チョッとアンタ、何するつもり?!」
「2人だけで話がしたい」
エマの問いに、ベルが応える。
「その子に手を出したら、生きてここを出られないよ!」
「ああ、エマ分かっているさ。ハンス、チョッと借りるぜ」
「俺に聞かれても困る。着いて行く行かないは本人の自由意志だ」
そう言って、そっぽを向いたハンスをニルスが肘で小突くのが見えた。




