【Is Paris burning?(パリは燃えているか)⑫】
勝負の日、エマの運転する黒のプジョー508GTが射撃場の前で止まる。
降りてきたのは、エマとベル、それにミューレとリズ。
俺はエマの様子がいつもと違うことに気が付いて、直ぐにエマのもとへ寄った。
「エマ、どうしたの?」
「どうしたって?」
「なんだか分からないけれど、いつもより化粧のノリが違うと言うか、肌に張りがあって艶々と言うか……」
「ああ――でしょう! 調子に乗って暴言を吐いた誰かさんが、後悔して沢山謝ってくれたから」
「?」
何のことか分からなくてポケっとしている俺に、エマが続きを話そうとしたとき、それを制止するようにベルが大きく咳ばらいをした。
「やあベル、今日は呑んで来ていないだろうな」
「ああ、体調はベストだ。止めるんだったら今のうちに言ってくれ」
「大した自信だな」
「お前こそ、メダリストに対して大した自信じゃないのか?」
「アル中に負ける気などしない」
「ほう――言ってくれたな」
睨み合う俺とベルの間にエマが入って“まあまあ”と止めた。
傭兵部隊からはハンスの他に射撃場の手伝いをするためにトーニとボッシュ、採点係としてニルス、そして何故か事務長のテシューブが来ていた。
使用する銃は、それぞれ愛用の物。
ベルはブレイザーR93を持ち込み、俺はGIAT FR-F2 両方ともボルトアクションだが、形は違いFR-F2が軍用らしいフォルムを醸し出しているのに対して、ブレイザーR93は警察らしい猟銃タイプだ。
使用する銃弾は両者とも7.62mm弾だが、FR-F2が7.62mmNATO弾なのに対して、ブレイザーR93の方は.308winと若干の違いがあるが性能差は殆どない。
勝負は10射勝負。
先攻後攻を決めた後の順番は、その折り返しを繰り返す。
最後の10射目の的は“標的”ではなく“物”であることと、その“物”に付いている得点は10点のみであること。
そして500m先の目標に対して銃を構えて5秒以内に発射すること。
5秒を1秒超えるごとに1点が減点され、たとえ5射目であろうとも得点差が10点を超えた時点で勝負は終了する。
コインを投げて、順番を決めた。
表が出れば俺から、裏が出ればベルから。
ミューレが弾いたコインがキィーンと言う軽快な音を立てて青い空に舞い上がり、降りてきたところを手でつかみ、もうひとつの手のひらに乗せた。
開いた手のあったのは裏の女神像。
ベルの先攻だ。
「先攻、ベル1射目。はじめ!」
ハンスの合図から3秒ほどして、直ぐに銃声が響いた。
双眼鏡を覗き込んでいたニルスが「10点」と告げる。
次は俺の番。
「後攻、ナトー1射目。はじめ」
銃を構えスコープを覗き込み、ターゲットを捉え、引き金をゆっくり引く。
発射音と共に肩に振動が来る。
ニルスの声がポイントを告げる。
「10点」
「ナカナカやるな、お嬢ちゃん」
ベルが楽しそうに俺を見て笑う。
次は折り返しだから、もう1度俺が撃つ。
「10点」
そしてベルの番。
「10点」
ベルの、折り返し。
「10点」
そうやって5射目が終わる。
得点は50対50。
「2人共さすがね」
「息をするのを忘れてしまいそう」
エマとリズの話し声が耳に入ったとき、リズの香水の匂いが微かに香る。
“パンッ”
ニルスの声が少し遅れて「9点」と告げた。
ベルがニヤッと笑って言う。
「もう、疲れたのか?」
「競技中に相手に言葉を掛けるな! 次は減点を取るぞ」
ハンスが注意すると、ベルはおどけてみせた。
その後も両者とも譲らず、俺の1点ビハインドのまま、ベルの9射目は折り返し。
「9点」
ニルスの声のあと、ベルが舌打ちをした。
9射終わって得点は両者89点のイーブン。
そして、いよいよ最後の10射目。




