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【Is Paris burning?(パリは燃えているか)⑪】


 ミューレのお店を出て直ぐ、エマと別れて図書館に向かっているとき何者かが後を着いて来ている気配を感じた。

 見通しの良い広い通りでは音は離れ、曲がり角の多い通りに入ると近くなり、俺が止ると靴の音も止まる。

 俺より若干だけ保幅が大きくて、ピンヒールじゃないその足音は確実に男の物。

 図書館に入り調べものをする。

 床は絨毯だから足音は消えるが、数冊の本を持って広い自習室に入ると、それ以降追手も気配を消した。

 自習室は広いガラス窓で覆われているので、図書館の中からでも監視は出来るが、逆にこちらからでも窓の外は見えるので監視者が居れば否応なしに目に付く。

 5時間余り自習室で調べものと、勉強をしてからトイレに向かった。

 館内にはスッカリ追跡者らしき影はない。

 諦めたのか、それとも一つしかない出入り口付近で俺が出てくるのを待ち構えているのかの、どちらかだろう。

 トイレに入ってウィックを外し眼鏡を取り、肩に担いていたリュックサックから服を取り出して着替え、そのリュックに入れておいたもう一つの鞄に外したものの全てを終い最後に靴を履き替えて図書館を出た。

 青かった空に、薄っすらと朱が射し始めていた。

 図書館前の、ポプラ並木の大通りには幾つものベンチがある。

 犬を連れた小母さん、新聞を広げている老人、携帯を見ている若者、コーヒーブレイクをしている会社員……追手が紛れ込むのには丁度いいロケーション。

 その中を悠々と突っ切って歩く俺。

 もう、追手の靴の音はついて来なかった。

 正門を通ると、丁度宿直室からハンスが降りてきた。

「やあハンス、今夜は宿直?」

 気軽に声を掛けた俺の腕をハンスが掴み、守衛室の裏に強引に引っ張って行かれた。

 驚いてハンスの顔を見ると、目が怒っている。

「何のつもりだ?!」

 何のつもりと聞かれて、咄嗟に頭に浮かんだのは“地味っ子”の変装のことだけど、これを端的に説明するのは難しいし、正直俺自身が変装を楽しんでいるところもあり返事に困っていた。

「さっき、エマから連絡が入った」

「エマから?」

 それなら変装のことではないと、正直ほっとした。

 なんとなくだけど、ハンスにだけは変装の事を知られたくなかったから。

「ああ、来週屋外射撃場を貸せと言ってきた」

 警察や国軍の射撃場を使えば良いのに、わざわざ“ここ”を指名してきたのがエマらしいと思った。

「ベルと勝負するらしいな……」

 言葉には言わなかった後半があると思った。

 エマのことだから、きっと賭けのこともペラペラと喋ったはず。

 ハンスのこの怒りの眼差しは、その言葉に出さなかった後半部分にある事が分かり、少しだけ心がキュンと温かくなるのを感じた。

「するよ。……いけなかった?」

「いけなかった? 相手は元メダリストだぞ。俺だって勝ったことがない」

「断ったのか?」

「いや、貸すことにした」

 ハンスなら絶対にことわらないと思った。

 日頃使っている射撃場だから少しでも有利なはずだから。

 おそらくエマの狙いもそこ。

「10射勝負で、最後の9射まで終わったところで9点差以内に着ければ勝てる」

「9点差!? 相手が的を外さない限り、ひっくり返しようのない差じゃないか」

「だよね」

 心底心配して驚いてくれているハンスの顔が嬉しくてハンスの手を取ってブランブランと揺らして言った「大丈夫、心配してくれてありがとう」と。

 そして、取った手を取って走って宿舎に向かった。


 いつの間にか宿直室の階段の途中にニルスが出て来ていた。

「じゃじゃ馬娘に恋をすると辛いな」

「ニルス、聞いていたのか」

「ああ、つい……」

「言っておくが、俺は恋などしていない。ただ上官として心配しているだけだし、ナトー自体が部隊では女じゃない」

「――それが僕も、辛い……」

「馬鹿!」

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