【現在、ザリバン高原地帯02時30分】
先ずワイヤーに貼り付けたビニールテープに書かれた枝番と同じ番号を書いた札を取り付けたチェーンをワイヤーに巻いて通し、壕の中に首を突っ込んでいる俺と外にいるブラームとフランソワの手元にある番号とが合うようにした。
チェーンは途中にあるストッパーの位置で止まるから、ワイヤーの先に取り付けられてあるビニールテープごと、1本のワイヤーに対して2本の札を掛ければ、どの番号のワイヤーが何処から出て何処に行っているのか分かりやすい。
ビニールと札には番号の他にAとBの文字を記入させた。
あとは、順番通りワイヤーをゆっくりと降ろすだけ。
全ての札が通り、爆弾の除去作業を始めた。
「3番」
俺の指示に従ってブラームとフランソワがワイヤーの先端に、持って来たワイヤーを通して慎重に降ろし、3番の札のかかった爆弾が塹壕の地面に無事降りた。
「「ふう……」」
ブラームとフランソワが同時に溜息を漏らす。
「5番」
単純な同じ作業を繰り返すだけだが、この作業には俺たち3人の――いや、ここに居る部隊全体の命が掛かっている。
もしも爆弾が爆発すれば、敵は俺たちが何の目的で、何をしているのかに気が付いて出てくる。
もし、そうなれば残された味方の人数では防ぎようがない。
2番の爆弾を降ろしたときブラームが、モンタナ達が到着した事を知らせてくれた。
「集中しろ……」
教えてくれたのは有難いし下士官代理としての立場上、報告するのが当然だと思ったのかも知れないが、今はそんなことに気を回す余裕なんてないから注意した。
俺が順番を間違えるだけでなく、ワイヤーの掛けそこないや降ろす速度やタイミングなど、どれひとつ間違っただけでも命は終わるのだ。
敵だって、いつ来るとも限らない。
ひとつひとつの作業を、休むことなく慎重に、しかもゆっくりとだが迅速に処理しなければならない。
「1番」
ところが1番の爆弾を降ろし始めると、①Bの札が4番のワイヤーに絡んでしまった。
「止めろ」
軽く絡んだだけだとは思うが、それを手で確かめることはできない。
無理に降ろせば、絡んだ札のせいで4番のワイヤーが外れる可能性もある。
「いま①Bは、どっちが持っている?」
「俺です」
フランソワが答えた。
「フランソワ、おまえ①Bのワイヤーを持ったまま、右手にある④Aのワイヤーをそのまま持てるか?」
「いえ、現在①Bを右手で持っているので、これを左手に持ち替えれれば出来ますが……」
「出来ますがとは何か?」
「左手は現在うつぶせの体重を支えているので、持ち替えるのは困難です」
「わかった。ブラームは手が届くか?」
「ちょっと俺の位置からは遠いですが、取ってみます。ただし手さぐりになります」
「注意しろ、④Aのワイヤーの傍には⑦Bのワイヤーがあるから直ぐに掴むな。一旦掴んでしまうと動けなくなる恐れがあるから、掴まずに軽く指で触れ。そのワイヤーが合っているかどうかは触れたときの揺れで俺が判断する。くれぐれも木には触れるな。木に触れると全部の札が揺れてしまう」
「分かりました。やってみます」
時間が掛かるのは承知。
そしてブラームとフランソワの体勢がキツイのも。
木に触れることなく、うつぶせのまま手だけを伸ばしての慎重な作業。
腹筋も背筋も手の筋肉も、並の人間ならもう既に限界を超えている。
「ありました。触ります」
「頼む」
微かに④Aの札が揺れた。
「よしブラーム、そのワイヤーを掴め」
「掴みました」
「フランソワ、①Bのワイヤーをゆっくり降ろせ」
顕微鏡を覗くくらい細部にわたって慎重に見ていると、急に4番のワイヤーが揺れた。
「フランソワ止めろ。ブラーム、堪えろ!」
ブラームの今の姿勢は、おそらく“伏が上体逸らし”の体勢だから無理もないことは分かっているが、ここを堪えなければ意味がない。
「すっ、すみません」
揺れは止まった。
「よし、フランソワ。ゆっくり降ろせ」
絡んだチェーンが、ほどけて行く。
「ブラーム、ゆっくり4番から手を離して良いが、手を元の位置に戻すまで気を抜かずに慎重にやれ。もとの体勢に戻ったら教えてくれ」
「りっ……りょうかい、しました」
しばらく待つと、フーっと息が漏れたあと、ブラームが元の体勢に戻った事を知らせた。
「よし、良くやった。ブラームの方もゆっくり降ろせ」
そうやりながら、俺たちは7個の爆弾を無事降ろすことに成功した。
久し振りに穴から上体を起こすと、汗だくのブラームとフランソワが仰向けに寝転がり、激しく肩で息をしていた。
別に長時間山を駆け回ったわけじゃない。
重い物を何度も持ち上げた訳でもない。
ただ、中途半端な同じ体勢を2時間弱維持しただけ。
だけど、誰にでも出来る事ではない。
日頃から鍛え上げた、こいつらだから出来たこと。
東の空を見ると、金星が一際明るく輝いていた。
オリンピック競技や華やかな観衆も居ないけれど、この金星の輝きが、この二人のためにあるものだと思った。




