【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験②】
傭兵になるのは、そんなに甘くはなかった。
ほんの少し休憩を取らせてもらったあと、俺は体育館に連れて行かれた。
グラウンドに集まったギャラリーたちも、ゾロゾロと着いて来やがる。
「これを着ろ!」
投げられたのは、ぶ厚いダスターで作られた上着に、薄い綿のパンツ。
上着にはボタンもなく袖が短く、同じようにパンツの裾も短い。
サイズを間違えていやがるが、着るしか仕方がない。
パンツの方は付いていた紐で縛るタイプだということは直ぐに分かったが、上着は羽織るだけなのかと思っていたら、このセットを纏めていた平たいロープを巻くのだと教えられbow knot(ボウ・ノット※蝶々結び)に結ぶと、ギャラリーたちが大声で笑った。
俺が笑う奴らを睨み付けている間に、ハンスがロープを結んでくれ、それを見たギャラリーたちがまた冷やかしの口笛を鳴らす。
「すまない」
「構わん」
服を着終わった俺にハンスは、いつもは俺が対戦相手を選ぶのだが、今日は特別に選ばせてやると言った。
「三人選べ」
俺はギャラリーの中から、俺を笑っていた中で一番強そうなモヒカンの男と黒人、それと……。
「お前でも、いいか」
さっき走り終えたとき、倒れ込む俺を抱きかかえてくれたその腕の筋肉が只者ではない事は分かっていたので指名してみた。
どんな奴なのか分からないが、ここを追い出される前に一度戦ってみたいと思った。
「いいさ。自由に選ばせてやると言ったのは俺だからな」
何故かハンスの口角が少しだけ上がった気がした。
「いいか、こいつはジェイソン、ボッシュ、フランソワの三人を僅か30秒足らずでダウンさせてきたヤツだ。女だと思って甘く見ずに掛かれ」
ハンスがそう言うと、ギャラリー達がヒューと、冷ややかな口笛を鳴らす。
俺が指名した三人は更衣室で武道用の服に着替えて来た。
まだ入隊していない俺がギャラリーの前で着替えさせられたのとは違い、少し差別を感じたが、そのぶん倒してしまう楽しみも増えたというもの。
最初の相手はモヒカン野郎。
こいつはまるでゴリラの様に逞しい。
瞬殺しなければ、屹度勝ち目はないだろう。
「ルールは、いつも通り噛み付き以外は何でもあり。ダウンは片方が立った状態で5カウント、降伏は相手の体か畳を三回叩く。試合時間は“はじめ”と合図してから5分だ」
ハンスがルールについて説明し、俺とモヒカンは向き合う。
モヒカンは拳が畳に着くほど姿勢を低くした体制で、俺を睨む。
この姿勢は、開始と同時に突進してくる態勢。
見た感じでも120㎏は軽く有りそうな大男の突進を、まともに受けてしまえば俺の負けは直ぐにも決まってしまう。
そればかりか、次の男との対戦もままならないだろう。
そしてハンスが開始の合図を告げる「はじめ!」と。
モヒカンは、降ろした拳を一旦畳に着けたかと思うと、予想通り突進してきた。
“相撲ファイター!?”
高速で強烈な張り手を使い、対戦相手が近づくことを許さない相撲ファイターは手強い。
仮に、その張り手を掻い潜って懐に潜り込めたとしても、強烈な腕力で投げ飛ばされるか、掴んだ腕を締め上げられるかのどちらかが待っている。
どう戦うかはさて置いて、この突進だけはかわさなければならない。
相撲ファイターの突進は、横の変化には弱いはず。
そう思い、闘牛士のように素早く体を横方向にずらす。
ひと先ずこの突進は避けられたと思った瞬間、斜め前のモヒカンの目が俺を捉える。
“こいつ、相撲ファイターじゃない!アメフトだ!!”
慌てて仰け反るように身を伏せると、俺を掴もうと広げられた太い腕が髪をかすめて通り過ぎた。
まともに喰らっていたら、次の対戦どころか首をへし折られて、この世ともオサラバだったろう。
かわされたモヒカンが向き直りニヤッと笑う。
「よく避けたな、さすがにフランソワ達を30秒で倒しただけのことはある。だが次は避けられるかな」
そう言うと、また低い体勢から突進してくる。
足運びを左右に広く取って、横方向の対応に備えていやがる。
これでは多少かわす程度だと、今度は簡単に捉えられるだろう。
恰好悪いのは承知の上で、俺は車に引かれそうになって慌てて逃げようとする猫のように飛びのいた。
そのザマを見たギャラリーたちが囃し立て揶揄うが、そんな声など俺の耳には届かない。
「いつまで逃げ続けるつもりだい?お嬢ちゃんよぉ」
モヒカンが笑いながら言う。
前歯の無い、意外に愛嬌のある笑顔だと素直に思った。
その無くなった前歯は、自身の弱点になるから、ワザと抜いているのだろう。
今回は猫のように逃げられたが、次はすくい取られてしまう。
思い切ってまともに受けて、その顔面に膝蹴りでもお見舞いすれば倒す可能性はあるかも知れない。
だが、その場合モヒカンのタックルをまともに喰らって仕舞うから、こっちのダメージも大きいだろう。
俺は目を瞑り考えた。
そして、モヒカンが三度目の突進を始めた。




