【Is Paris burning?(パリは燃えているか)⑤】
リズが帰ったあと、俺たちも街に出た。
出ると直ぐにブティックに入り、変装に似合う服を選ぶ。
俺が選んだのは紺のワンピース。
幅の広い、襟先が緩くカーブした白いドレスシャツの上にそれを着て、軽く同色のカーディガンを羽織る。
スカートの下に黒いストッキングを履いて、靴は黒のローヒール。
「地味っ子ね」
「……一度、してみたかった」
物心ついた時から、生死を掛けて戦場を走り回っていた。
サオリと過ごした数年を除いて、いまもそれは続いている。
以前、そのサオリのアルバムを見せてもらったことがある。
サオリが今の俺と同じくらいの歳頃の時の写真。
丁度、今着ているような服を着ていた。
大人のような体つきに子供のような無弱な笑顔がとても魅力的で、聞くと学生時代だと言っていて、着ている服は制服だと教えて貰った。
修学旅行や終業式の写真には、同じ制服を着た友達が一緒に写って制服に包まれたその友達たちはみんな同じように見えた。
生い立ちや身分、素性などの個性をその制服が全て消し去り、みな平等に見えて羨ましく思った。
孤児である俺も、あの制服さえ着ればみんなと同じような生活ができる。
そう思い憧れていた。
エマと二人で修復されたノートルダム大聖堂を見に行くと、3人の男に取り囲まれた。
3人共背丈は俺くらいで、体格は華奢。
顔立ちは整っているが、堀が浅く東洋人っぽい。
どこか遠慮がちな様子から、おそらく日本人。
中国や朝鮮人なら、勝手に写真を撮る。
「Excuse me camera ok?」
「?」
「馬鹿、カメラじゃないだろ。そこはpictureだ!」
「えっ、ちょっと待ってそれも違うし、だいいち言っているのが英語だよ……」
三人目の男がスマートフォンに何か呟いて、それを俺の目の前に突き出した。
『puis-je prendre une photo de vous?』
「いいですよ」
「あっ、有難うございます!」
「ってか、君、日本語話せるの?」
「ええ」
「すげー!」
「学生さん? 高校生?」
どうやら3人のお目当てはグラマラス美人のエマの方ではなくて、俺の方らしい。
チョッと得意そうな目でエマを見ると、おどけて両手を軽く広げた。
聞かれた内容に正直に答えるならば“兵隊”だけど、それを言うと面倒なことになりかねないので“学生です”と答えた。
どうせエマには日本語は分からない。
「となりの人は、もしかしてお母さん?」
「そうです。二人で修復された大聖堂を観に来ました」
「お母さんも美人ですね」
「ありがとう」
そんな話をしながら、俺とエマ、そして俺と一人づつ。
最後はエマがカメラを持ち、俺と三人。
写真を撮り終わると、三人のうち一人がポケットから綺麗な布に覆われた札のようなものを取り出して俺に差し出した。
「これ、俺の近所の神社のお守りです。よかったら使ってください」
「お守り?」
「そう。日本の神様が、貴女を災難から守ってくれます」
「そんな大切なもの、いいんですか?」
「貴女に幸福が訪れますように」
そう言って、はにかむように笑い、日本の男たちは頭を軽く下げて去って行った。
「誰が学生なの? そして誰がお母さんなの?」
去っていく男たちが振り向いて手を振るのに応えて手を振り返している俺の横に立つエマが横目で言った。
「あれ? エマ、日本語分かるの?」
「少しくらいはね」




