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【Is Paris burning?(パリは燃えているか)①】


 地中海の空を渡りパリの本部へ着いた頃は、もう午後4時を回っていた。

 リビアとは違い、特に歓迎も出迎えもなく我々は戻ると直ぐに、装備を片付けて持ち出した武器などを武器庫に片付けていた。

 部隊長であるハンスと補佐役のニルスの二人の将校だけ事務室に呼ばれていたが、どうせ事務長のテシューブの事だから労いの言葉もなく、ただ単に報告書に目を通すだけのことだろう。

 案の定、先に戻ってきたニルスがテシューブに経費の使い過ぎだと、しつこく説教を受けたと教えてくれた。

「経費の使い過ぎって言っても、戦闘してないんだから銃弾や医薬品類も使っていないんじゃないか?」

「それは使っていないけど、レンタカーとレンタルバイクの費用を言われた」

 バラクの脱出を手伝ってくれた時に使用した車とバイクのことだ。

「なぜ一人だけバイクを借りたとか、借りた車で何故事故を起こしてしまったのか、うるサクレ堪らない」

「で、ハンスは、そのことで今も絞られているのか?」

「いや、ハンスはそんなことで絞られやしない。違うことだ」

「違うこと?」

「内容は実は僕も知らないんだ。でも屹度次の任務に関係がる事だけは確かだね」

「どうして、それが分かる?」

「だって退出した後に廊下の影に隠れて見張っていたら、ハンスが将軍の部屋に入るのが見えたから」

「すっかりエージェントに感化されているね」

「そうだね」


 エマと会う日、約束の時間は午後だったので、午前中にDGSEの政治犯収容所にレイラの面会に行った。

 コンクリートで固められた冷たい部屋。

 正面には防弾仕様なのだろう、分厚いガラスがあり、その向こうには狭い部屋に鉄の扉があった。

 扉が開くと、守衛に連れられて味気ない作業服のようなものを着せられたレイラが入って来た。

 その顔には、あの鋭い刃物のような美しさはもうなくて、どこにでもいそうな普通の美人の面影。

 いや、少しやつれたか。

「ありがとう。わざわざ来てもらって」

「どう? 取り調べは大変そうだね」

「ええ。でも仕方がないわ、自分でしたことですもの。エマも来てくれたのよ。それにハンスと言う若い将校も」

「ハンスが?」

「そう。会うのは初めてだったけれど、好い感じの人ね。貴女の上官だと言っていたわ」

「ハンスは何を言っていた?」

「辛い過去に惑わされず、前を向いて明るい未来を掴めって。口数は少ないけれど思いやりのある言葉を頂いたわ。言葉だけではなく、屹度あの人にも辛い過去があったのね。そして彼はそれを乗り越えた。そう感じたわ」

“辛い過去……”

「他には?」

「他にはなにも。それだけ言うと、直ぐに帰っちゃった」

 ハンスらしいと思った。

「退屈だろう。いつも何をしている?」

「取り調はキツイけど、非人道的な物じゃないからなんとか耐えられるし、中に図書館があるから、そこで本を借りて来てもらって読んでいる」

「そうか。何か欲しいものはあるか? 検閲が入るけれど、差し入れは出来ると聞いた」

「だったら、お茶が飲みたい」

「お茶? ダージリン?」

「いいえ、日本茶。 まだ家族が居たとき、よく飲んでいたの」

「そうか、分かった。次に来るときに持ってくる」

「急がなくていいのよ、色々と忙しいでしょうから。私は当分ここにいるから。今日はお休みなの?」

「うん」

「これから、どちらへ?」

「エマの家」

 レイラの瞳が少しだけ下がるのに気が付いた。

 屹度、あのことで勘違いをしているのだと思った。

「言っておくが、エマとはそう言う関係ではない」

「……」

 絶対疑われている。

「あの時は、盗聴器がベッドに仕掛けられているのに気が付いて、ふたりで腹筋運動をしてベッドを壊しただけだから」

「……」

「たしかにエマはキスをしてくるけれど、それも敵を欺く作戦のひとつだ」

「……」

「正直言うと、俺はキスには弱い。だけど誰のキスでも受け入れると言うわけではなくて、今までにキスを許したのは二人だけで、それは本当に気を許すと言うか信頼しているからなので――別に好きとかそう言うのじゃなくて、あっ言っておくけれど俺は女性専門でもないし、ちゃんと男性だって好きな人いるし……とにかくレイラが勘違いしているような関係ではないから」

「私、何も勘違いしていないし、変に疑ってもいないわよ」

“しまったぁ~、無言の尋問術に、まんまと引っかかった”

 そう思って髪を掻きむしって悔しがると、レイラが、はにかむように笑った。

 でもその笑顔は、子供のように、どこか清々しかった。

“大丈夫。彼女なら屹度立ち直れる”

 俺は、そう思って部屋を後にした。

 部屋を出る直前にレイラが言った。

 エマには大変世話になっているので、宜しく伝えておいてくれと。

 そして俺にも暇があれば、また来て欲しいと。

「今度は、彼氏も同伴でね」

 もちろん赤くなった顔は見せないように、振り向かずに手の親指だけで返事を返して部屋を出た。

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