【さようなら蒼い空⑨】
エマが帰国して1週間後、いよいよ俺たちにも帰る日が訪れた。
名残を惜しむ補給や炊事班の女性隊員に取り囲まれて、手一杯に渡されたのはフルーツなどの缶詰類。
正直重いが、その気持ちが嬉しかった。
テントに戻って、帰り支度をしていた。
特に支度をするほどの物も無かったので、時間だけがあまる。
女性扱いはしないと言われながら、下士官の身分なのに左官並みの一人用テント。
ハンスでもニルスと共同なのに、何だか申し訳ない。
する事も無く、ただ時間が来るのを待ちながらシーツの除けられたベッドに腰掛けて、今までの事を思い出していた。
部隊での行動はなかったけれど、バラクの捕獲に成功したあの日、プライベートで影になり作戦を支援してくれたのは部隊の仲間たち。
それがなければ、レイラの仕掛けた包囲網からは抜け出せなかっただろう。
みんなの気持ちに感謝し、そして外出の許可を出したハンスと承認したミラー少佐、それから恐らくは報告を受けていただろうアンドレ基地司令にも感謝したい。
ふと、足音が近づいて来るのを感じた。
しばらくすると、テントの入り口に立つ背の高い影。
スラッとして清潔な感じのするその影に、なぜかドキドキしてしまう。
「ナトー。居るのか?」
「ああ」
慌てて服装の乱れが無いかチェックした。
「アンドレ基地司令がお呼びだ」
「分かった直ぐ行く」
返事をして、少しだけガッカリしている自分に気が付いた。
“きっと俺はエマに感化され過ぎている”
テントを出ると、いつものクールで涼しい青い瞳が俺を捉えた。
“はたしてエマはハンスに手を出したのだろうか……”
「どうした? 俺の顔に何か着いているのか?」
「いいや、何でもない」
聞けるはずもない。
だけど、いくらエマが誘ったとしてもハンスは応えないはず。
何故か、そういう自信があった。
「じゃあ、行くぞ」
ハンスに連れられて、ここへ赴任して来たときに入ったきりのアンドレ基地司令のテント。
あの時は、部隊を確りと纏められないでいた俺が何故封印されていた傭兵部隊の女性隊員として入隊できたのか探られたが、今日はいったいどういった用件なのだろう。
「ハンス中尉です。ナトー二等軍曹を連れて来ました」
指令のテントに入ると、そこに居たのは穏やかな微笑みを浮かべるアンドレ大佐の顔があった。
「では私はこれで失礼します」
出て行こうとするハンスを「君もいたまえ。特に用事も無いだろう」と呼び止めると、珈琲でいいかと聞いて来たので、揃ってハイと返事をした。
珈琲を入れ終わりテーブルに着いた指令が言った。
「二人共、本当に良くやってくれた。それにLéMATの隊員たちも。 前線基地のミラー少尉からLéMAT全員が外出許可を出したと連絡を受けたときは、正直集団脱走か反乱でも企てるのかと疑ってしまったよ」
「でも、最終的に許可して下さったのは指令ですよね」
「まあな。 でもそれはミラー少佐やエマ大尉から色々と報告を受けていたから判断できたことだ」
「と、言いますと?」
「エマ大尉からはナトー軍曹が非常に有能であること。そしてミラー少佐からはLéMATの部隊員が毎日のように軍曹の心配をしていることを報告されていたからな。君の入隊時の成績は調べていて、抜群の成績であることは知っていたが傭兵部隊が採用に踏み切ったのは単なるプロパガンダだと思っていたよ。なにせモデルもビックリするほどの美人だからな、おっと失礼」
「いえ……」
褒めてもらえるのは嬉しいが、それと俺の部隊に残れる規則とが直接関係していることに困る。
自ら女であることに自惚れた行動をとると、即刻除隊が決まってしまうから。
アンドレ基地司令からは最初に試すような行為をしてしまった非礼への謝罪と、あらためて今回の活躍への労いを言ってもらい、最後にハンスと二人でこれからも頑張るように言われて握手をしてもらった。
テントを出る間際に「ひとつだけ聞いて良いか?」と尋ねられたので、構いませんとこたえる。
「君の経歴書には、傭兵部隊に入るまでの事が一切記入されていないが、両親とかは何をされているのかね? それに出身地も分からない」
俺は質問者の目を睨むように見つめて「入隊する者の過去を問わないのが傭兵部隊です」と答えると、アンドレ指令は少し目を泳がせて「そうだった。すまない」とだけ言った。
屹度、俺を呼んだ訳は、このことを聞きたかったからだと思った。
司令のテントを出ると、もう部隊のみんなが集まって整列をしていた。
列の端から、ひとりひとりの服装の乱れと顔をチェックしながら歩いて、反対側の端に着く。
司令部のテントからアンドレ指令と、ミラー少佐が出てきた。
「一同、気を付け!」
ザザッと、脚を揃える音が心地よく響く。
基地司令が用意されていた壇上に上がる。
「敬礼」
ザッと言う服の擦れる音が、ひとつに揃う。
壇上の基地司令が部隊員に労いの言葉をかけてくれる。
見上げるアンドレ大佐の後ろには、今日も雲一つない真っ青な空が無限に広がっていた。




