【現在、ザリバン高原地帯18時30分】
徐々に近づいて来る銃撃戦の音が、ここもまた戦場に戻る時間が近づいている事を知らせる。
再び戦場になる前に負傷兵を安全な場所に移しておきたいが、はたして戦場に於いて安全な場所と言うものは存在するのかと、今思った自分の考えに矛盾を感じてしまう。
一番良いのは輸送機に戻れることだが、この場所は逃げ帰って来る敵を挟み撃ちに出来るだけに色々と難しい。
挟み撃ちにするということは、敵の逃げ場を塞ぐということ。
逃げ場を失った敵は、弱いと思った餌に必死で食らいついて来る。
俺たちが戻る前に敵がその戦場に現れた場合、対応できる無傷な兵はたったの6人。
重機関銃も戦車も使えないたった6丁の自動小銃での反撃では、彼らにとっては随分弱く見えるだろう。
そして1人でも機内に入れてしまえば、パニックになり、それで“死”が約束されてしまう。
そうならないように輸送機にビックリ箱を仕掛けておいて、それを説明してあるのだから少尉もそこまでは粘らないだろう。
ガサガサっと森の枯葉を踏む音が聞こえた。
“敵か!?”
音は、かなり近い。
考え事をしていて、気が付くのが遅れたのか……?
とにかく今は銃を撃って気付かれるわけにはいかないし、いま逃げるために動くと確実に足音の主に気付かれる。
手にナイフを隠して、そのままの姿勢で伏せた。
“ガサッ”
枯葉を踏む音が1メートルくらいの距離まで近づいた。
そして土を踏む音。
“んっ?何かおかしい。人間にしては土を踏む音が軽すぎる”
そっと目を開けると、そこに居たのは子供のオオカミ。
子供と言っても体重は30キロくらいあり、大型のシェパードくらいある。
オオカミは俺の背中に前足を掛けて、クンクンと襟足の臭いを嗅ぎ出し、その鼻を徐々に首筋に移動させる。
ここで、かみ殺されるわけにはいかない。
しかし、オオカミと戦ったことは無いから、どうすれば良いのかさえ分からない。
いくら素早く動いたとしても、オオカミの俊敏性には敵わないからナイフを持った腕は噛まれるだろう。
そして、耳の良いオオカミに死んだふりは通用しない。
彼には既に俺の呼吸する音や、心臓の鼓動さえも聞こえているはず。
今まで武器を持った敵を何人も相手にしてきたというのに、自分の体重の半分程度しかない動物に歯が立たないことが情けない。
喰い殺されるわけにもいかないが、もし食い殺されることになったとしても、声だけは出さないでおこう。声を出すと敵に気付かれてジェリーを救出に向かったゴードンとジムに危険が及ぶ。
オオカミは俺に肩に乗せた前足を降ろし、隣に伏せた。
薄目を開けて横を見ると、オオカミと目が合い、腕の隙間に鼻先を押し込んで顔に近付けてきた。
いよいよ最後か……。
怯えもしなければ怒りも悲しみもない。
文明と科学の力によって、世界中の頂点に立っているように錯覚しているが、もともと人間は野生環境においては非常に弱い動物なのだ。
弱い動物が、強い動物の餌になるのは自然の成り行き。
目の前でオオカミの口が僅かに開くのが見えた。
彼の目から、さっき迄の警戒心が感じられない。
今ならナイフで刺せるかもしれない。
だが俺は、心とは裏腹にナイフを手から離した。
そもそもオオカミは敵ではないし、オオカミにとっても俺は敵ではないはず。
餌になる肉なら、その辺りに沢山死体が転がっているし、野生動物は人間と違って食べきれないほどの食料は確保しないはず。
そう願い、成り行きに任せることにした。




