【2年前、リビア“Šahrzād作戦”㊵】
お店を出る前にエマに注意されたことがある。
それは、言葉遣い。
“恋人の前では、女の子言葉を使う事。特に『俺』は禁止よ!これは任務成功のために行っていることだから、アドバイスではなくて命令として受け止めなさい。それから、恋人の前では可愛い女の子でいること。クールなハンスに思いっきり甘えるのよ。そうでないと偽物のカップルって直ぐにバレてしまうから”
と、これも命令。
女として生まれて、これまでに女言葉を使ったのはサオリたちと一緒に暮らした難民キャンプでの数年間しかない。
それも、もう4年も前の事。
言葉遣いは、その時の記憶をたどれば何とか出来そうな気もするけれど、人に甘えたことがないので、これは難しい。
だけど、今更恥ずかしいが、命令と言われれば従うしかない。
晴天の街中を歩いていて、通りすがる人たちからジロジロ見られるのには屹度訳がある。
“そうだヒジャブを付けていない!”
そう思って、ブティックのある通りに寄り道をした。
ハンスの手を引っ張って、入ったのは帽子屋さん。
「一体どうしたんだ?」
俺の珍しい行動に、ハンスは少し戸惑っている。
「帽子を買う!」
「帽子?」
お店に入って、いろいろな帽子を被ってはハンスに見せて「どう?」って聞いてみる。
これは、ここに来てブティックに入ると必ずエマが俺の前で見せていたこと。
“早く決めろよ!”と思う反面、女の子らしくて羨ましかったので真似てみた。
でもハンスったら、どれを見せても「似合うよ」って微笑んでくれるだけ。
“やっぱり面倒なのかな?”
お店で白いベレー帽を買った。
首に巻いていた青いスカーフを外してヒジャブのように頭に掛け、その上にベレー帽を被って見せると、ハンスが「Charming!」と言ってくれた。
“うん。ハンスも恋人らしくするように努力しているみたいだ”
手持無沙汰で、なんとなく自動小銃を持ちたい衝動にかられ、それを我慢するために日傘を買った。
ハンスの前で、それを開いて見せると「fantastic!」と、また無理に喜んでくれたので、お礼に傘を降りたたんで銃を撃つ格好に構えて「ズドン!」と言った。
ハンスは「Oh,shit!」と言いながら、お腹に手を当ててヨロヨロと倒れそうになる。
そして、手を当てているお腹からは何か赤い血のようなもの……。
“まさか、俺の言葉に合わせるように狙撃されたのか!?”
少し浮かれていたが、ここは俺たちの戦場だ。
慌てて倒れそうになるハンスを支えた。
とにかく、ここではマズイ!
どこか物陰に隠れないと。
そう思って、撃たれてスッカリ力の抜けてしまったハンスを慌てて建物の隙間に引き込んだ。
「待ってろ!直ぐ救急車を呼んでくる」
そう言って、出て行こうとする俺の肩をハンスの手が捕らえた。
振り向いた俺の目の前にはハンスの顔。
「どうした――」
最後まで言う前に、その言葉はハンスの唇で塞がれた。
求められるまま、受け入れ、俺も求めた。
「いま、救急車を呼んでくるから、待っていて」
激しいキスのあとでそう言うと、ハンスが目の前にチラチラと赤いハンカチを振る。
「……もしかして?」
「そう。その、もしかして」
騙された。
俺が血だと思ったものは、この赤いハンカチ。
狭い建物の隙間でハンスの胸を打つ。
その手は直ぐに掴まれて、またキスを奪われた。
そしてハンスの胸に置いた手は、その脇の下を潜り抜け広く逞しい背中を抱いていた。
「意地悪ね……」
「仕掛けて来たのは、君のほうさ……」
“傘で自動小銃の真似をしたのがイケなかったのかな?”
そこまでは考えることが出来たけど、直ぐにまた熱いキスをされ何も考えられなくなりそれを受け入れていた。




