【2年前、リビア“Šahrzād作戦”㊲】
店の戸が開けられる音で目が覚めた。
いや、本当は戸が開けられる前に、人が近づいて来る気配を感じていた。
やって来たのはエマが“ボーイフレンド”と言う人物。
額面通り、それが本当のボーイフレンドなのか、それともボーイフレンドというのが、その人物を表すコードネームなのかは分からない。
だけど、相手が来た以上、ここに横になってはいられない。
階下に降りようとしたとき、階段を上がってくる足音が聞こえて慌てて服を整える。
開けっ放しにしていたドアの前で、コンコンと壁を叩く音。
「どうぞ」
普段、このくらいのことでは緊張も動揺もしないはずなのに、妙に心臓がドキドキして声が擦れた。
「やあ!」
俺の返事を待って、そこから顔を出したのは清涼感のある白いスーツを着たハンスだった。
「ハンス!……でも、どうして」
「俺がお前のボーイフレンドとして、エスコート役に任命された」
いつものように、感情をあまり表に出さないその喋り方に、何故か心が熱くなる。
「任務は?」
「まあ、俺たちは“夜勤”だから、昼は開いている。それに、リビアに来てからまだ一度も休暇を取っていないから、今日くらいは良いだろう」
「でも、遊びじゃないぞ」
「知っている。任務中じゃないから万が一死んだとしても戦死扱いにはならないけれど、休暇中でも保険は適応されるから、まあいいだろう。それに屍が野晒しになって腐り果てても、俺だと分かるように暗号化した個人情報をこの時計のマイクロチップに入れてある」
そう言って、時計を見せてくれた。
「不吉なことは言うな」
前に出された手に自分の手をそっと当ててそれをゆっくりと下ろすと、ハンスの手もそれに合わせるようにゆっくりと下ろされた。
本当は当てた手で、確り握りしめたかったのに……。
「しかし、全ての可能性には対処しなくてはならない」
「相変わらずクールだな」
「そっちこそ」
そう言って、お互いの顔を見合わせて、口角を上げた」
少し間をおいてからエマが部屋に入って来た。
「どう、久し振りのボーイフレンドの、お味は?」
見つめあっていた目を外し、下げた手がまだ触れ合っていたので慌てて引っ込めた。
「あら、御免なさい。まだこれからだったのね」
俺の慌てた動きを見たエマが笑う。
「揶揄わないで!」
エマの言葉に反論するように返した俺とは正反対に、ハンスは落ち着いて俺の隣に腰掛けた。
「それでは、作戦を聞こうか」
「OK!」
エマがテーブル上に地図を広げた。




