【2年前、リビア“Šahrzād作戦”㉙】
途中まで引き返したところで、俺を探していたセバとエマに会った。
「アマル。ごめんなさい!一人にしてしまって」
いきなりエマに抱き着かれて、俺とセバは目を丸くして驚いた。
「大丈夫か? どこに連れて行かれたんだ? 痛い事されなかったか?」
一瞬目を丸くしていたセバが心配そうに聞いてきた。
そう。
セバは、伸びていて俺が走って逃げたことを知らない。
「大丈夫だよ。あいつらには指一本触らせていない」
俺が心配してくれているセバに言うと、エマの顔が強張るのが分かったので「怖すぎて悲鳴が出せなくて走って逃げた」と、直ぐに付け加えた。
「さすがアマル!機転がきくなぁ」
赤く腫れた自分の頬の怪我など忘れたかのように、セバが喜ぶ。
「今まで、逃げていたの?」
「いや、我武者羅に走ったものだから疲れて休憩していたのと、帰り道が分からなくなって彷徨っていた」
「そう、それは大変だったわね」
「まあ、何よりも無事が一番だ。今日は俺も不意打ちで不覚をとってしまったけれど、もう相手の人相は覚えたから明日は大丈夫だぜ」
そう言って、肩をポンポンと叩いてくれるセバ。
「本当に大丈夫なの?」
エマが俺の衣服に着いた汚れをはたきながら気遣ってくれる。
だけど、エマのこの行為が衣服の状態や体のチェックだということを知っている俺は、それを素直に喜べなくて複雑な気持ちだった。
三人でムサの家に着く。
今夜は心配だから、ここに泊まると言ってくれるセバ。
スパイじゃないセバの気持ちは、エマのそれとは違って優しく心に浸み込んでくる。
「実は、道に迷っている時に助けてもらったオジサンに、ある荷物の事で困っていると相談された」
みんなには迷惑を掛けたくなかったけれど、一刻を争うと思い、唐突なのを承知でエマとムサにバラクの名前を伏せながら、聞いた話をそのまま伝えた。
「もしも罠だった場合どうする? テロ組織絡みで、まともな情報というものはないぞ」
ムサが俺の目を睨むように見て言った。
「大丈夫だ」
「その根拠は?」
「根拠はない。あるとすれば、その依頼主の言葉を信じたいと思う俺の気持ちだけだ」
ムサがエマと目を合わせて、おどけてみせる。
「信じられないのは分かる。俺一人でやるから、エマもみんなも残ってくれればいい」
確かにムサの言うように、これがバラクの仕掛けた罠だとしたら、ちょろちょろと嗅ぎまわっているハエを一網打尽に捕らえることが出来るだろう。
だけど俺はバラクを信じる。
いや、信じたい。
信じなくてはならないと思っている。
彼が、彼の言うように、俺を育ててくれたハイファの弟だとしたら、彼の何を疑えばいいというのだろう?
「一人で出来るのか?相手の注文によると、荷物の見張り番も殺さないで欲しいということらしいが、倉庫の中は意外に声が響く。殴られただけでも相手は声を出す。殺すよりも難しいぞ」
確かに、ムサの言う通り。
でも、俺はやらなくてはならない。
「なんとか、やってみせる」
これはハイファに助けられた命に対する恩返しだ。誰が何と言おうとやる。
俺の決意は固かった。
それを見抜いたのか、ムサが笑い出して言った。
「乗る」と。
「荷物を運ぶなら、道向こうの倉庫に爺ちゃんの車があるから、俺がとってこよう」
「いや、車を呼ぶ」
ムサが言った。
「車を呼ぶって? 車は直ぐ目と鼻の先にあるっていうのに?」
不思議がって聞いたセバに、ムサが言う。
「アマルたちは二度も何者かに襲われた。そして一度目はワシが助けに駆け付けた隙に、他の何物かが、空いたこの家に忍び込んだ。これがどういうことだか分かるか?」
「見張られて居るって言うこと?」
「その通り」
「ワシの知り合いに、うってつけの男がいるから、それを呼ぶ」
そして直ぐにムサが携帯で誰かに連絡した。
ものの10分足らずで車が来た。
来たのは救急車。
店の前に止まった車からは直ぐにストレッチャーが下ろされて店の中に運び込まれ、それに俺が乗り、エマが付き添いで一緒に車に乗った。
「悪いな、クリーフ」
「いいえ、大佐のお役に立てるなら光栄です」
来たのは元リビア情報部特殊部隊のクリーフ中尉。30代半ばでいかにも元特殊部隊らしく体格はいいが、今は退役して救急隊員として勤めている。
クリーフと一緒に来た同僚も同じ特殊部隊の元兵士で、店内に入ると直ぐに白衣とヘルメットを脱いで、それに着替えたムサが救急隊員に成り済まして車に乗った。
見張られていたとしても、店にはムサとセバが残っているように見せかけるトリック。
「で、どこに行きますか?」
「港の28番倉庫。そこに囚われている人を助ける」
「救助作戦ですか、それは久し振りに胸が躍りますネ。ダッシュボードの中に拳銃がありますから、それを使ってください」
ムサがダッシュボードを開けると、拳銃が2丁あった。
「いい拳銃だが、今回は拳銃はなしだ」
「了解しました」
慣れているのか、クリーフはムサの言葉に迷うことなく従う。
「ところで、後ろのお嬢さんたちは?」
クリーフが不思議そうに、ルームミラーで俺たちを見ながらムサに聞く。
「囚われている人の、お友達だ」
「どこか安全な所で待っていてもらいますか? いくら友達の救出でも、素人さんを巻き込む訳には……」
「ところが見かけと違って、素人さんでもないらしい。事情は詳しくは知らんがな」
「なるほど」
クリーフは、そう言うと、それから何も話さなかった。
倉庫の近くで車を止めた。




