【2年前、リビア“Šahrzād作戦”㉘】
「今、俺が持っている武器は、これだけだ。君は?」
「何も、持っていない」
「……信じよう」
そう言うとバラクは拳銃を手に取り、そこからマガジンを外し更にマガジンから弾も抜きスライドさせて全ての弾を抜き取ると、それを離れた所にあるソファーに無造作に投げ捨てた。
「もちろんナイフなども持ってはいない」
そう言って立ち上がり、服をパンパンと叩いてまた座る。
俺がヤザの養女だということを覚えていたとしても、自分の仲間の前で話せるはずのアラビア語を使わず英語を使った怪しげな女の前で大胆だと思った。
“女だと思って、油断しているのか?”
目の前に置かれた半袖の腕は、その端正な顔立ちに似合わないほど逞しい。
「なにも言ってくれないのなら、僕の方から知っている情報を話そう」
そう言ってバラクは優しく話し出した。
「少し前、俺たちのことを嗅ぎまわっている某国のエージェントを一人捕まえるのに成功した。そして彼を捕まえることによって、正体がバレるのを恐れた他のエージェントの活動も止まったが、その代わり政府軍や多国籍軍のパトロールが激しくなった。もちろん、彼らは彼ら自身の安全のためにパトロールは車で行うから、こんな路地裏にあるアジトなんて分かりはしない」
バラクは一度紅茶をすする。
「ところがね。最近になって部隊内であるバーが人気になっていてね。聞けばとびきりの美女が二人も居ると言うじゃないか。しかも、そのうちの一人はポールダンスなども披露するらしい。女の名前はエマとアマル。シリアから来た従妹同士。部下が写真を送ってくれた」
携帯が俺の前にスーッと置かれ、バラクが写真をスクロールして見せてくれる。
「確かに飛び切りの美女だ。でも、旅先でお金欲しさに、こういうことをする女はいくらでもいる。もっと凄いことをする女もね。何も特別な事じゃない。だけど、妙に気になった。特に、この写真を見てから」
スクロールしていた指先が、止まる。
それはアップで撮影された俺の写真。
いつ、誰に撮られたのか全く身に覚えがなかったが、つい最近撮られたことは服装で分かった。
「しばらく考えて思い出したよ。この娘は二年前ヤザが連れて居た娘だと。あの時僕と君が一緒に居た時間は数秒足らずで、もちろん会話もしていない。ヤザは養女とだけ僕に言ったし、僕もヤザの新しい養女だと思っていた」
俺の前に差し出された携帯をバラクが自分の元へ引き寄せて、その写真を見て言った。
「でもね、こうしてじっくり写真を見ていると、あることを思い浮かべてしまうんだよ。なんだと思う?アマルと言ったっけ?」
「分からない」
「……そうか」
そう言うと、また携帯を触りだした。
そして再び携帯を俺の前に差し出して言った。
「死んだナトーも、生きていたらこんなに可愛かっただろうってね」
差し出された携帯の画面には、自分の体に比べて見るからに大きすぎるAK47を構えて少しはにかんだ表情でカメラを見つめる幼い頃の俺の顔があった。
それは、まだ玩具として銃を触っていた頃の俺。
“なぜこの写真を!”
だが口に出してしまうと、それは俺がアマルではなくナトーだと言うことを肯定してしまう。
肯定してしまうと、なぜ名前や身分を偽って、ここに居るのかも追及されるので平静を装ったまま写真を見ていた。
「可愛い子ね。少し私に似ている。あなたのお子さん?」
子供の頃から自分の事を俺と呼んでいたことを思い出して、自分の事を私と呼んで答えた。
「いいや、この子はハイファ姉さんが育てた子だ」
「ハイファ姉さんの子供なの?」
「いや、養女だ。昔、外国人を狙った大規模な爆弾テロがあって、その焼け跡からハイファ姉さんが拾ってきた生まれて間もない子だった」
「そのハイファ姉さんと言う人は、今どこに?」
バラクがまたページを替えて、写真を見せてくれた。
その写真には、白い赤ちゃんを抱えた若く美しい女性の両脇で、バラクとヤザが無邪気な顔で笑っていた。
ヤザのこんなに優しい表情は見たこともなかった。
スーッと携帯を引くと、バラクは画面を閉じて、答えた。
「死んだよ。まだその子が五歳になったばかりの頃に、多国籍軍の空爆に巻き込まれて—―」
そして、バラクはいつの間にか席を立って背中を見せていた。
「すまんな。ただの道に迷った旅行者に、つまらない身の上話などしてしまって」
「いいえ、良いんです」
「身の上話を聞いてもらったついでに、もう一つ君に聞いてもらいたいことがってね。いやこれは誰にも話せなくてフラストレーションの溜まった僕の独り言なんだけど」
「なんでしょう」
「実は、ある荷物の処理に困っていてね。一部の仲間は焼いてしまえとか、海に捨てようとか言うけど、もうスープの出汁は取ったから俺も必要はないと思っているんだ。なにせ生ものだから処理に困って港の28番倉庫にしまっているんだけど “付け出し” ごと傷つけずに処理できる名案が有ったら誰かおしえてくれないかな」
俺は、それには答えずに、英語で聞いた。
「Do you return me?」(返す気はあるのかと)
「of course」
そう言うとバラクは背中を向けたまま、手を玄関の方向に広げた。
「Thank you for everything. Take care of yourself」
「……Sure」
バラクは最後まで俺を振り向かずに、頷くだけだった。




