【3年前、フランス傭兵部隊事務所】
スラム街を通り抜けると、ようやく目的の場所に辿り着いた。
門の両サイドには軽機関銃を持った衛兵が二人と、中央に腰に拳銃をもった下士官が一人。
その奥にある守衛室兼受付らしき建物の前にも同じ装備をした三人組と、その奥のヤグラの上には重機関銃が睨んでいた。
中東軍の紹介状を下士官に見せると、直ぐに受付に回され、そして監視役付きで別の棟にある事務所に連れて行かれた。
そう、俺はフランスの傭兵部隊の入隊試験を受けに来たのだ。
国籍を持たない俺がここへ来るのは容易なことではなかったが、中東の反政府組織に忍び込み偽のパスポートと紹介状を作らせて、おまけに金も分捕ってここまで来た。
もちろん偽のパスポートに記載してあるのは偽の情報。
テロ組織と違い、身内の無い孤児が都合が好いとばかりは限らない。
万が一、戦死をしたときの連絡先や退職金などの払い先も必要となるだろうから、俺はサオリからもらったパスポートに書かれてあった、日本にあるサオリの住所を拝借した。
「ナトーさん。今、事務員は募集していないんですがねぇ」
スーツを着た、頭の禿げた面接官がニヤニヤ笑って言う。
部屋には、この禿げた面接官と、その隣に偉そうなバッジを幾つもぶら下げた武官らしき人間、それにスーツを着た秘書らしき男に、ラフに軍服を着た若い男とヘルメットを被った守衛が二人。
ラフに軍服を着た男以外は、大して強そうにないが、この男だけは手強そうだ。
「俺は、傭兵として応募してきた。紹介状にもそう書いてあるはずだ」
椅子に深く腰掛けたまま、ぶっきらぼうにそう答えると、禿げた面接官は隣に居る武官らしき人間と顔を見合わせいやらしく笑った。
「偽の紹介状を渡されましても、信用する訳にはいきません。それにしても、よくその華奢な体でスラム街を無事通ってここまで辿り着いた物ですね。まあ運が良かったのでしょう。残念ですが帰り道でも、もう一度その運が続くことを祈ります」
面接官は、そう言って退席を求める仕草をした。
ここで暴れてみせて、俺の実力を見せつけてやろうかと思ったが、それは止めとこう。
ここに居る奴らを倒すのは容易い事だろうが、そうしたところで、どうしようもない。
せいぜい豚箱に送り込まれるのが落ちだ。
俺が席を立とうとしたところで、電話が鳴り秘書らしき男が取って何か話したあと、面接官に受話器を預けた。
秘書の男の顔色が青い。
なにか面倒なことでも起きたのだろう。
とばっちりを喰らわせられてもかなわないので、席を立ち出口へと向かう。
「チョッと待ちたまえ」
電話中の面接官に呼び止められた。
もう一度、椅子に座り直すが、面接官は電話で話しながら俺の顔を窺う。
そして電話の相手に怪我の状態はどうとか、どんな風だったとか話をしている。
さっきスラム街で起こした事件がバレたのだ。
ついてねえ。
スラム街で絡まれ、面接で落とされ、次は豚箱行か……。
面接官が受話器を置き、今までの馬鹿にしたような態度から一転し、強張った表情に変わり俺に質問してきた。
ここに来る前に三人組の男に絡まれなかったかと。
ここから逃げ出すのは容易いが、その先には銃を持った警備兵がいる。
いくら俺でも、素手で銃には敵わないから、正直にそうだと答えた。
その答えを聞いた面接官が、隣の武官らしき人間に「ジェイソンは右腕を脱臼、ボッシュは手首を怪我、そしてフランソワは肩を脱臼した上に、ボッシュにケツを刺されたとさ。しかも時間にして30秒足らずで」と、まるで他人事のように話した。
それを聞いた武官が「ほう」と言って身を乗り出して俺の顔を好奇の眼差しで覗く。
面接官がラフに軍服を着た男の名前を呼ぶ。
「ハンス、連れて行け」と。
 




