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【2年前、リビア“Šahrzād作戦”㉓】


 さすがに、そう言って取り残された状況で俺も帰るとは言いにくい。

 まあ任務でもないのだから、今日は腹をくくってレイラと遊ぼう。

 しかしよく考えてみると、遊んだことにない俺にとって、遊ぶのは任務よりも難しいことなどは思ってもいなかった。

「どこへ行く?」

 早速レイラにそう言われて、先ずどこへ行けばいいのかさえ思い浮かばなくて焦った。

 過去の楽しい思い出と言えば、入隊試験の初日にハンスに連れて行ってもらった事くらい。

 そうだ、あの日をなぞれば何とかなるかも。

「ブティックを見て歩こう」

 そう言ったあと “しまった” と後悔した。

 遊びを誘ってきたのはレイラの方なのだから、先ずはレイラの希望を聞くのが先だ。

「あっ。で、でもレイラはどこに行きたかった? そっちを優先するけれど」

「うん。私もブティック行きたかったから行こう」

 そう言われて、二人で街に向かった。

 ブティックに入るとレイラは楽しそうに服やスカーフを選ぶ。

 だが俺ときたら、何にも楽しくなくて、ただ楽しそうに服を選んでいる客たちをボーと見ているだけ。

 時折レイラが「これ似合う?」とか「アマルに、これ似合いそう」とか言ってくれるけれど、こんな時の俺ときたら、まるでニルアドミラリ。

 なんの感動もない。

「つまらない?」

「いや、そんなことはない。感情を外に出すのが苦手なだけだ」

 我ながら上手い事言ったと思ったが、その通りの部分もある。

 同世代の他の子に比べると、俺は感情を出すことが苦手。

 特に喜怒哀楽の四つの感情のうち、喜と楽は経験が乏しすぎるので、そのこと自体に先ずは戸惑う。

 そして、今日のような遊びの日は、その苦手な感情の日になる。

 せめてエマがいてくれたら、俺はその後ろでハラハラしながら着いて行くだけで済むのに、どうしてこんな日に……いや、これはひょっとしたら何かの作戦なのかもしれない。

 昨夜あんなことが有ったものだから、私を泳がせておいて、それを監視する敵を逆に監視する。

 エマは、ああ見えてもDGSEの優秀なエージェント。

 ただ単にムサのお店を手伝う、なんてことはない。

 つまり俺は“囮”。

 レイラには、怖い思いをさせてしまうかもしれないけれど、囮は、おとりらしく普通の少女として立派に勤めてみせよう。

 綺麗なブティックを出て、街をぶらついていると空爆で壊れたままの建物もまだあった。

「NATO軍の空爆のあとね」

 レイラがポツリと言った。

「まだ残っているんだね」

「直せないのかも知れない。いいえ、直さないのかも」

「どういうこと?」

「んっ?なんとなくね。思い出が詰まっているとしたら、これ以上壊したくないかなって思って」

「でも、危ないよ。まるで――」

 壁が抜けて突き出している梁が、まるで尖った牙のように思えた。

 近づくものを威嚇して、己の身を崩す事でこの場所を守る哀れな戦士。

 重傷を負いながらも、主が戻ってくるのを待ち続けるドラゴン。

 昔から瓦礫と化した家を沢山見て来た。

 空爆で力尽きて崩壊した建物たち。

 そう。

 彼らは力尽きて建物としての命は尽きていた。

 でも、この建物は……。

「どうしたのアマル?」

「いや、なんとなく生きている気がして」

「生きて居るって、誰が?」

 レイラが驚くように聞いてきた。

「人じゃなくて、この建物がさ」

 一瞬間が開いて、レイラが笑い出した。

 何が可笑しいのか分からないけれど、ナカナカ止まらない。

 お腹を抱えるようにして俯せで、苦しいのか目から涙までうっすら見せている。

「どうしたレイラ。何が可笑しい?」

「だって、そうじゃない。古い歴史のある建物ならわかるけど、これはただのコンクリートで固めただけの建物よ。しかもまだ30年くらいしか経ってなさそうな」

 確かに俺の話は飛躍しすぎていると自分でも思ったが、笑うほど可笑しなものでもないと思った。

 それから二人で海辺へ向かった。

 実はブティックを出てから誰かにつけられている気がしていたので、いちど見晴らしの好い所に出たいと思ってレイラを誘った。

 見通しが好い所では、追跡者は非追跡者との間に距離を置く必要がある。

 でなければ自分の正体を相手に晒すことになるから。

 そして距離が離れると、追跡の手から逃げやすい。

「レイラは、よく海で泳ぐの?」

「そうね、昔は何度かホテル前のビーチで泳いだかな?」

「彼氏と?」

「そうね」

「いまは?」

「いまは、もう泳がないのよ。ホラもう、おばさんだから」

 そう言って笑ったレイラの顔は、年よりも遥かに若々しく見えた。

 まるで世間に出る前の、野心に燃える少女のよう。

「以外に風が強いな……戻ろうか」

「そうしましょう」

 でも、実際は来た道を戻らず、その先の市街地に向かって進んだ。

 そして、道を間違えた振りをして路地をジグザグに進みながら、追跡者から距離をとって行く。

 通りの南側の二階にあるカフェを見つけたので、一緒に休もうと誘った。

 チョッと遅いランチ。

 窓際の席をとる。

 通りから見た、この二階の窓は光の反射が激しくて、店内がまるで見えなかった。

 ここならば、追跡者からは見えなくて、こちらからは見やすい。

 注文をした後、直ぐにアザーンが鳴ったので、レイラと二人でお店の礼拝室に入ってズフルの礼拝を済ませた。

 席に戻ると、昨日の男たちが通りを掛け回っているのが見えた。

「どうしたの?」

 レイラが聞いてきた。

「だれかが後ろから付けているような気がしていたけれど、あの人たちなのかなっと思って」

 そう言って、通りを行ったり来たりする男たちを指さした。

「まあ。大変!」

 そう言って心配そうに窓の下を覗き込む。

「気のせいかも知れないけれど、気になると怖いわ」

「そうね……」

 レイラは注文が来る前にと言って化粧室に立った。

 そして注文した料理が届けられ、それを食べ終わる頃には、もう昨夜の男たちは何処にも居なくなっていた。

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