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【2年前、リビア“Šahrzād作戦”㉒】


 夜のうちにムサが壊れたベッドを直してくれたので、エマと一緒に寝なくて済んだ。

 別に嫌いじゃないけれど、エマにキスをされたり抱かれたりすると、どうしてもサオリのことを思い出してしまい、あとで哀しくなってしまう。

 戦わないで我慢したことが逆に疲れてしまい、その夜はぐっすりと眠ることが出来た。

 朝、起きてみると、もうエマのベッドは空。

 朝食の用意かな、と思って階段を降りかけたところで足を止めた。

 階下から聞こえてくるのは、ギシギシとベッドの軋む音。

 それにムサとエマの唸るような吐息――。

“そんな……”

 いくら何でも、任務中に不謹慎すぎる。

 それに歳だって離れているし、昨夜あんなことが有った次の日だっていうのに。

 本気でエマのことを注意してやらなければ、と思ったけれど足がすくんでしまい前に進まない。

 そのうちにエマが俺の気配に気が付いて「アマル!?」と呼ぶ。

 呼ばれたら仕方がない。

 そう思って深呼吸をひとつして、勇気を出して階段を下りた。

「エマ!いったい何をしているんだ……」

 怒りを抑えながらムサの部屋に入ると、そこには俯せになったムサの上に馬乗りになったエマの姿。

「何してるって?マッサージよ」

 急に顔が火照るのを感じた。

「そう……」

 あきらかに、その光景はマッサージ以外の何物でもない。

「なんだと思った?」

 エマがニヤッと笑い聞いてきた。

「知らない!呼ばれたから来たまでだ」

「でも、今 “何をしているんだ!” って言ったよね」

「知らない」

「何していると思ったの?」

「知らない!」

「アマル。まさか……」

「知らない、知らない、知らないったら知らない!エマの馬鹿!」

 そう言って逃げるように店を出た。


 早朝の街は静かだった。

 昨日、俺たちが襲われた場所も、今朝は何事もなかったように只の人通りのない道。

 あの時ムサが来てくれなかったら、俺たちは今どこでどのような朝を迎えていたのだろう?

 エマが戦うなと合図したのを、最後まで我慢できたのだろうか?

 結果的に我慢している間にムサが来て、男たちを蹴散らしてくれたからよかったようなものだけど、あの男たちはザリバンの回し者だ。

 屹度バラクの命令で、俺たちを試しに来たのに違いない。

 6人の男を蹴散らすのは俺にとって簡単だったかもしれない。

 いや、簡単だっただろう。

 でも、もしあの時、戦ってしまっていたらバラクの思うつぼ。

 俺たちは正体を見破られてしまい、そこで作戦も終わり。

 バラクの手の者が仕掛けた盗聴器も、エマが上手く処理した。

 おそらく盗聴していたやつには、俺とエマがベッドで激しく戯れて、ベッドが壊れたついでに盗聴器も壊れてしまったとしか思っていないだろう。

 俺たちは完全にグレーゾーンから白の領域に、逃げ遂せたのだ。

「アマルー!朝ごはんよー!」

 しばらくすると俺を探しに来たエマに呼ばれて店に戻った。

 もうエマは、さっきのことなどスッカリ忘れてしまったように、俺の肩を捕まえて笑っていた。

 そして何事もなかったように、配膳をして食事を食べ始めた。

 エマは大人。

 そして、俺は子供だ。

 朝食を済ませて、朝の礼拝に向かうと、そこで昨日居たペルシャ美人と会った。

「あら、アマルちゃん。それにエマも。おはよう。この近くにお住まい?」

 名前は確かレイラ。

 レイラ・ハムダン。

 上品そうで教養もありそうだし、物静かなそのたたずまいは、なにか安心感を与えてくれる。

 もしもレイラがエマの代わりだったなら、俺ももっと素直に言うことを聞けただろう。

「今日のご予定は?もし良かったら一緒に遊ばない?私今日お休みなのよ。でも一人ではどこに行くのも危なくて……」

「いいよ、行こ行こ!」

 エマがそう言って、一緒に遊ぶことになった。

 エマが付いていれば安心。

 年齢は10歳以上違うけれど、レイラみたいなお姉さんは憧れる。

 いざ遊ぶことが決まった矢先「あっ、私今日お昼のお店手伝い約束してたんだ!」と思い出すように言い出した。

 昨日大活躍をしてくれて腰を痛めているのは知っていたけれど、そう言うことは先に言って貰わないと困る。

「じゃあ俺も」

「いいの、いいの。お昼はそんなに人が多くないから、アマルはレイラと遊んでおいで。じゃあねー」

 そう言って勝手にお店の方に走り出してしまった。

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