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【2年前、リビア“Šahrzād作戦”㉑】


 店に戻り部屋に入ると何か違和感がある気がした。

 あったものは、あったまま何も動いてはいない。

 それでも誰かが入ったような、よそよそしい雰囲気。

 エマを見ると、笑っていた。

 俺が異常に気が付いたことを感心して笑ってくれたのかと思うと「ムサってかっこいいね!それにしても怖かったなぁ~」と、見当はずれの言葉が返って来た。

“おいおい、こいつ本当に優秀なエージェントなのか?”

 と、いつものようにトンチンカンな返事に戸惑っていると「あー疲れちゃったからシャワー浴びてくるね。アマルも一緒にどう?」と、いつもの調子。

「あとで入る」

「つまんないわ」

 そう言うとスタスタとシャワールームに消えて行った。

“戦わないというのも、疲れるものだ”

 実際、いつもより疲れたので、ベッドに横になる。

 もしも俺の思った通り誰かが部屋に入ったとして、盗聴器が仕掛けられていたとしたら、余計な会話はもちろん周囲の物をせわしなく動かせて探す音さえも相手には筒抜けになる。

 だから、何もせずにただ横になった。

 目を閉じると浮かんできたのはハンスの顔。

 ムサが助けに来るまで待ち望んでいた、その姿。

 そして初めて会った日に街に連れて行ってもらった思い出。

 横になっていると、今迄の疲れをベッドが吸い取ってくれる。

 それと引き換えに俺はベッドに宿る睡魔の要求に身をゆだねる。

 深い暗黒の世界に落ちて行く。

 どこまでも、どこまでも続く、冷たく何ものも存在しない空間をひとり。

 ふぅっと柔らかく抱きかかえられる感覚がした。

 とても暖かくて気持ちがいい。

 優しく私の名前を囁きながら、何度もキスをしてくれる。

“あー本当なら、これがお母さんなんだ”

 そう思いながら、俺は知っている。

「エマ、やめろ」

 瞼を開くと、すぐ目の前で俺の唇を啄んでいるエマの目と出くわした。

「ちぇっ、寝ていればいいのに」

「まったく、油断も隙も無い奴だ。行く」

 俺がベッドから起き上がり歩き出すと、エマが「行くって、どこに?」と心配そうな声で聞いてきたので、振り向かずに答えた「シャワー」


 シャワーを浴びてスッキリして部屋に戻ると、エマが盗聴器を発見したとジェスチャーで教えてくれた。

 仕掛けられたのは1個だけ。

 場所はエマのベッドの裏。

 どうするのか目で聞くと、両手を広げて “お手上げ”のポーズ。

“全く頼りになるのだか、ならないのだか不思議な存在”

 俺が呆れていると「アマル~」と鳥肌が立つような甘い声で自分のベッドに誘う。

 なにかあると思った俺は「なあに?」と、精一杯調子を合わせて応えた。

 隣に座ると、口パクで何か言い出す。

 残念ながら俺は読唇術を知らないので、何を言っているのか分からない。

 それがじれったいのか喋り終わるたびにモゾモゾして、ベッドをギシギシきしませては、また同じ口パクを繰り返す。

 なんどか見ているうちに、だんだん分かってきた。

 エマが言っているのは “腹筋運動がしたいから、足を抑えていてくれる?” だった。

「いいよ」と言って、ベッドに上がりエマの足を抑える。

「もっと下」

「ここ?」

「もうちょっと」

「ここ?」

「あっ、そこ」

 腹筋運動をしながら、足を抑える位置に注文を付けられ正直面倒くさい。

 少し虐めてやろうと思って伸ばしていたエマの足を折りたたんだ。

“このほうが、腹筋にはよく効くはず”

「ああ、そんな……いじわる」

 エマがそう言いながら、体を横に少しずらせて空いたスペースを指さし「きて!」と言う。

“普通一緒にやらない?だろ”

 そう思いながらも指示に従って、腹筋運動を始めた。

「一緒よ……一緒に」

“ペースを合わせろということか?面倒くさい”

「激しく!……もっと、もっよ!」

 意味不明な言葉に、ハアハアと息も荒げて、うるさいくらい。

 エマがペースをどんどん上げて行く。

 俺だって負けちゃいない。

 腹筋運動は得意中の得意だ。

 エマなんかに負けやしない。

「すごい、アマル。ああ凄いわ」

“なんか調子が抜けるような事ばかり言う、変なエマ”

 それよりも、さっきからベッドがギシギシと凄い音を立てているけれど、大丈夫なのか?

「ああ、行く行く」

 そういうなりエマは急に腹筋運動を止めて、ベッドの頭にある縦の木の部分を掴み、体をエビ反りにして思いっきり押した。

 二人の激しい腹筋運動で緩んでしまった木組みが、その拍子で外れてしまいベッドがドスンと床に着地するように崩れた。

“あーあ、とうとう壊してしまった”

 エマは直ぐに床に這いつくばり、慌ててベッドを起こそうと持ち上げる。

 そしてベッドの裏側に手をまわし何かを手に取って見せてくれた。

 開いた手の中にあったのは、ベッドが壊れた拍子に圧し潰されて粉々に砕けた盗聴器だった。

 階下から物音に驚いたムサが飛んできた。

「どうした!?」

 私たちがさっき暴漢に襲われたばかりなので、血相を変えてドアもノックしないで飛び込んできた。

「スミマセン」

 俺はバツが悪く謝るが、エマは手に持ったものをムサに見せていた。

「これは――」

「さっきの男たちだけじゃないみたいね。どうする?」

「どうするとは?」

「ベッドを壊した罰に、追い出すことも出来るわよ」

 エマがそう言うと、ムサは軽くあしらうように「構わん」とだけ言ったあと、チラッと俺の足を見た。

 どうしたのかと思って、俺も自分の足を見てみると、トレーナーのズボンを履いていないことに気が付いた。

「キャー!!」

「あら、ようやく悲鳴が出せたじゃん♪」

 エマが楽しそうにそう言った。

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