【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑲】
「上手い事、かわしたわね」
バーからの帰り道にエマに言われた。
「何のこと?」
「レイラよ、あのペルシャ美人」
ああ、と思い出したあと不思議に思った。
レイラと話をしている時に、エマはその場に居なかった。
「どうして分かった」
「読唇術よ。こう見えても旨いんだから」
読唇術と言うのは、話をする人の唇の動きを読んで、話しの内容を知る能力のこと。
“ああ見えても” エマはさすがに情報部員のだけのことはある。
しかし、エマの “こう見えても” と、俺の “ああ見えても” が一緒なのかは不明だ。
実際エマは自分の事を、他人から “どう見られている” と思っているのだろう?
「エマは自分が、どんな女性だと思う?」
気になって聞いてみた。
「美人、教養豊かで胸も豊かなナイスバディー、37億人の恋人ってところかしら」
「37億ってどこから来た数字だ」
「世界人口の半分は男でしょ。そう言うナトちゃんは?」
「俺? 俺は……」
自分の事なんて、考えたこともなくて困った。
「しっ!誰か尾行している」
エマが抑えた声で俺に言う。
また嘘かと思ったが、エマの緊張する表情を見て、ただならない事だと察した。
「どうする。撒くか?」
「無理よ、もう囲まれているわ。それより、気付かない振りをして」
「ああ。でも、襲ってきたら、やるか?」
「駄目よぉ~そんなアマルったらぁ~。いくら従妹同士でも、それは出来ないわ。もうエマ恥ずかしい!」
“NOということか”
俺がエマのサインを理解したとき、行く先に三人の男が現れた。
後ろを振り向くと、そこにも三人。
セバの仲間じゃない。
見たこともない男たち。
「よう姉ちゃん、俺たちと遊ぼうぜ」
「なによ、アンタたちには用はないわ。行こうアマル」
「とうせんぼ。ヒヒヒ」
前の三人が俺たちの前を塞ぎ、戻ろうとすると今度は後ろの三人が、また進路を塞ぐ。
「なっ、なんのつもり、アンタたち」
「女の夜遊びは危ないってことを教えてやれって、神からお告げがあってね」
「そういうこと」
「そう。そういうことヒヒヒ」
嫌な笑いだ。
「じゃあ、腕づくでも通してもらうわよ!」
そう言ってエマが俺の手をグイッと引っ張って、男たちの真ん中を突っ切る。
“そうこなくっちゃ!とりあえずお手並み拝見といこうか”
男たちの真ん中を突っ切ろうとしたエマの胸倉を、男が掴む。
もっともポピュラーな仕掛け方。
“アホか、こいつら。そんな基本中の基本なら簡単に腕を捻り上げられるぞ”
エマに腕を捻り上げられて、悲鳴を上げる男の姿が目に浮かんで、逆に可哀そうになるくらい。
「キャーッ!」
“!??”
ところが、悲鳴を上げたのはエマで、逆に男に突き飛ばされて地面に転んだ。
一瞬何が起こったのか分からなくて、茫然と立ったまま転んだエマを見てしまった。
「そっちの可愛いのも、お姉ちゃんのように怪我をしたくなかったら、おとなしく言うことを聞きな」
男の手が、俺の方にゆっくりと伸びてくる。
“エマを転ばせた罪は償ってもらうぜ!”




