1-1.変態が冒険する間に※挿絵有り
細分化前タイトル
『冒険の始まり』
初掲載 2018/07/22
細分化前の投稿文字数 20673文字
細分化2018/09/24
僕はこの湖の守護者だ。
この身に生命が宿った時から。
湖を守る事を胸に誓った存在だ。
人間達がこの近くに町を開拓する前からずっと。
地に住まう野生の動物達とは意思疎通をし、まるで家族の様に共に育って来た。
そうして……。
人間達が土地を開拓した後もさして変わらない。
僕はその昔から彼らの生活を見守り。
それを支える事が使命だと実感していた。
ここより湧き出る水が人の住まう地を巡り、多くの生命を生み出してきた。
例え……多くの人間から感謝されずとも。
それが【一人】だけでも。
たった一人でも感謝してくれた人間がいるならば……。
例えその者がずーっと姿を見せずとも。
それこそ気が遠くなる様な長い月日を経ても。
僕は変わらずにここを守り抜いていた。
今やここへ訪れるのは動物達だけとなってもだ。
けれど……。
「ふむ、これは随分と美しい湖だ。さぞ生命の力に満ちているのだろう」
……そいつは悪い奴だって直感で判断出来た。
見た目もさることながら邪悪な者だと。
僕が足を付けている湖へは踏み入れずに、そいつは湖の外から僕へ問いかけてきた。
「とっとと消えるんだね。僕は君みたいな悪そうな奴は大嫌いなんだ」
しかし、僕は質問を無視した。
理由はそいつが放つ気配だ。
僅かだけど、ここ数日。
この身に邪悪な気配を感じるようになった。
さらに動物達も同じくそれに勘付いているらしく、その異変を僕へ逐一報告もしてくれている。
「おやおや……まだ会って間もないのに嫌われたものだな。話すら聞いてくれないとは」
「僕が本気になれば、お前みたいな悪そうな奴はこの湖の力ですぐ倒せるんだ。だから余計な真似はしない方が良い。命が惜しいのならね」
それでこいつからは、その邪気を。
酷く気分を害する力を感じたんだ。
その白い頭蓋骨頭。
黒みを帯びたローブで体を包み隠す気味が悪い風貌。
頭部に乗せている帽子から神官の様にも見える存在から、
(コイツ、一体何者なんだ……)
ただ応対するだけでも気分が悪くなる。
ほんの数回言葉を交わすだけで……胸の奥にモヤモヤとした煮え切らない感触がある。
掴み所の無い、深くて暴けない恐ろしい腹の底を感じさせる不気味な気配が出ていた。
(…………ブルル)
「? どうした? 何やら気分が優れなさそうだな」
しかも果てには……。
冷たい手でゆっくりと体を擦られるみたいな。
身を震わせる悪寒すらも感じる。
「な……なんでも無い!」
目的か何なのかは分からないが。
きっとろくでもない事を企んでいるのだろう。
この湖に近寄れないのもきっと邪悪な存在が故だ。
奴はこの神聖な湖へ入れない。もし、一歩でも入れば……只では済まない。
己の体が浄化され保っていられないと勘付いているんだ。
「何を企んでいるか分からないけど、きっとそれは成功しない。だからもう消えるんだ」
だからこそ僕はそう強気で。
こちらへ寄れない骸骨神官へ言葉を向けた。
……けれども。
……実際はどうなのかというと。
(……もし、ここで戦いなんて起きれば)
僕はそう、戦闘に発展すれば勝てるのかとふと考えてみた。
すると……残念な気持ちになるんだけど、結論はあっけなく出た。
(早く……早くどこかへ消えてくれ……)
苦い気持ちだが、負けると。
敗北の可能性が高いだろうと。
はっきり言って軍配は奴に上がると感じた。
こんな相手を突っぱねる傲慢な態度の割にはね。
そう……いざ戦闘での解決となれば分が悪いのさ。
(戦いにはなりたくない……)
その訳は、僕は身を置くこの湖だ。
ここは力の源である重要な場所に他ならない。
だからこそ安易に離れて隙を与える訳にはいかず。
「さあ、消えるんだ。僕の前から……」
「ふむ……ワガママな守護者様だ」
仮に湖に細工でもされたなら、戦況は一気に不利に転じてしまうだろう。
(あの時みたいになれば……大変な事になる)
これは過去に一度だけだったが……。
邪悪になった動物がここらに迷い込み。
足を滑らせこの湖に浸かった事があったんだ。
そして……その時。
僅かな邪気が水に染まった刹那だ。
頭痛と吐き気が起こった。
その時は動物達との触れ合いで。
湖を離れていたから、油断していた。
だが……ほんのそれだけで。
たったその足が浸かっただけで。
僕は邪気に犯されたんだ。
だから……もし奴が僕を引きつけて。
湖に何か仕掛けれてしまったなら、僕の魂はあっという間に穢されるだろう。
それ程に得体の知らない邪気を放っている。
故に僕は安全なこの場から動かずに奴へ発言する。
「容赦はするつもりは無いからね……」
弱みを悟らせない様に多くを語らず。
慎重に言葉を選んで向けた。
「そうか……分かった」
そうすると、思いのほか効いてくれたのか。
上手く事が運び、奴は数歩後ろへと退く。
(よし……)
相手のその返答に僕は内心胸を撫で下ろし。
別段怪しい素振りも見せずに。
そいつは腕を後ろへやると。
「……邪魔をしたな」
「…………ふんだ」
闘気の様な強い気配を放つ事も無く。
戦闘の意思も感じられない。
正直……こういう悪い奴を見逃すのも癪だが。
僕の役目は湖の守護だ。
この無限に水湧き出る湖より水路を辿り。
流れていき川下に町を構える人間達の元へ届ける。
さらにこの水を飲み、生きる動物達の命も預かる以上。
それを僕の軽率な行動で犠牲には出来ない。
「いやはや大した守護者だ……君は立派だ」
そうすると黒装束はそんな上辺だけの。
薄っぺらい敬意を言い残し、背を見せる。
(早くここから立ち去れ!)
対して僕は心の奥でそう強く念じ。
そいつがいなくなる瞬間まで目を離さない事にした。
「では、去るとしよう……」
すると一歩、また一歩と。
穢れた気に包まれた体で。
奴は地を踏み外側へ退いていく。
(…………くそ、魔物なんて大嫌いだ)
順調に事が運んでいるとはいえ。
付近の領域を汚される様子は、非常に不快だった。
だが……奴さえ去れば……。
このまま流れる時の中で穢れた気も消えていき。
また平穏がこの地に戻るだろうと。
(ふう……いけない。一旦落ち着こう)
そう考えを改め、憤りの無い苛立ちを抑えつつ。
奴がもう少しで林の中へ。
この湖から離れる為に周囲を覆う木々の中へその黒い姿を潜めようとした時……。
もうこいつを見なくていいと安堵した時だった。
「そうだ、去り際に一つ。一つだけ質問良いかね? これを聞いたら即座にここを去ろう」
奴は退く足を止め、こちらへ言葉を向けてきた。
図々しくも去り際にそう尋ねてきたんだ。
この期に及んで、一体何を聞きたいというのだろうか。
「……何? 手短に頼むよ」
率直に言って、今すぐ攻撃したいと感じた。
なぜ答えなくてはならない義務があるのかとも思えた。
けれど、その場に留まって。
質問に答えるまで素振りを見せる黒ローブにもう、金輪際関わりたくないと心底思ったが、
(くそ……しょうがない……)
その『一つだけの質問』とやら僕は耳を傾けてやる事にした。




